日本株月次レポート:2025年3月

「虎の血」と「どんがら」
統合報告書の冒頭のCEOメッセージに「虎の血」というコラム書かれたのは伊藤忠商事の岡藤CEOでした。プロ野球経験のない方が阪神タイガースの監督に就任したことからチーム内の求心力を失い、お家騒動が続くきっかけとなった顛末を描いたノンフィクションをもとに、組織内部の関係性の重要性を説いています(注1)。
同書後半部分では、原点としては選手が監督のためだけでなくファンのために全力を尽くす、それこそが虎の血である、と述べています(注2)。企業に置き換えれば、顧客第一主義という考え方といえます。
資産運用会社は運用成績の向上が顧客の利益と同時に自社の事業拡大の機会にもつながるため、ウィンウィンの関係を築きやすい事業と言われます。つまり、顧客第一主義の志向が内在化されている言えます。
昨年の当社日本株戦略の運用成績が良好だったため、外部関係者へ背景の説明をする機会が多くありました。いただいたご質問の中には、大規模な運用体制の競合企業がある中、なぜ当社がより良好な成績を達成できたのかという問いがありました。
良好な成績を継続するために必要なことは投資アイディアの充分な数と質の広がりを常に維持しておくことと考えます。そのためには、幅の広い調査活動を恒常的に展開する必要があります。割当てられた担当業種のみの守備範囲でルーチンとしての企業調査を行っていては、全体像を見失う恐れがあります。
俯瞰した視野を持ちつつ、足元の個別具体的調査を丹念に積み上げる、というサイクルが機能することが重要と考えます。こうした“着眼大局・着手小局”を当社日本株チームが実践できている理由は、運用成績の向上(顧客の利益)を目的に据え、内輪の理論に閉じこもることなく、外部のステークホルダーに視線が向いた運用文化が根付いているためと考えます。
自動車エンジニアの矜持を描いたノンフィクション「どんがら」では、新車コンセプトの全体像をもちつつ、細部にも高い完成度を追求し、試行錯誤を繰り返して“どんがら”(鉄板がむき出しの試作品の車体)を作り上げていくエンジニアたちのこだわりがうかがえます。この作業はポートフォリオ戦略の構築にも似ていると感じます。そしてトヨタ生産方式の確立に尽力した熟練エンジニアはこう述べています。「少数精鋭とは精鋭を少数集めた部隊ではなく、少数だから精鋭になる」(注3)。
一人あたりの担当範囲が広く裁量が大きくなることで、視界が広がり、良い車を作リ社会へ貢献したいという大きな目的と同時に、目の前のひとつひとつ技術のすりあわせとの融合が図られるものと理解しています。
現在、多くの日本の上場企業は、人手不足と複数年にわたる賃上げにより固定費が増加しているため、労働生産性の向上が重要課題の一つとなっています。人的資本強化にむけた投資の機運が盛り上がり、更なる賃上げやAIの活用が期待されておりますが、長期的な時間軸をもって一人当たりの生産性を高めるためには、企業文化に基づいた精鋭部隊を作り上げることの重要性を感じます。