日本株月次レポート:2025年7月

インベストメントチェーンの鍵となる対話力
アセットオーナープリンシプルの策定からまもなく1年が経過します。これは年金基金などアセットオーナーが受益者に適切な運用の成果をもたらすことを目的とした指針であり、今年5月時点で約150の基金が受け入れを表明しています(注1)。
資産運用立国プランを機能させていくための重要な原動力となるのが、インベストメントチェーン(企業価値向上が運用会社の金融商品や年金基金を通じて家計に還元されるサイクル)の拡充といえます。(注2)
当該プリンシプルの原則5には、「投資先企業の持続的成長に資するよう必要な工夫をすべき」(注3)との明記があり、上場企業と運用会社だけでなく、アセットオーナーも、企業価値向上に向けた取り組みに積極的に参加することが求められています。
スチュワードシップコードとコーポレートガバナンスコードはそれぞれ2014年、2015年に策定され、この10年を振り返ると、企業と機関投資家の建設的対話は格段に向上したと感じます。各種メディアも、つい数年前まで企業の情報開示とガバナンスの実態を問う論調が多く、社外取締役の人数を形式的に増やして外形基準をクリアすることが目的化されるべきではなく、取締役会の実質的な機能を期待する主張が多かったと記憶しています。現在では社外取締役が直接投資家の質問に応えるESG説明会が増加し、取締役会の中での独立取締役の活動を確認でき、投資家の観点から大変有意義な機会が増えています。
その一方で、企業側からみた機関投資家のエンゲージメント姿勢に対して疑問があることも事実のようです。ESGに関してボックスチェッキング的な質問の羅列や、運用会社としての軸(フィロソフィー)がみえないなど投資家に対する不信感も感じられます(注4)。日本経済新聞社の藤田和明編集委員は「機関投資家が何を大事にしているのか本気のところがみえてこない」、「真剣に長期の企業価値を求め、主張し懸命に成果を追う機関投資家がこれからどれだけ育っていくか。」と危惧しています(注5)。
企業が上述の懸念を持つ背景のひとつとして、運用会社側の「ESGと企業価値の結びつき」の考え方が十分に伝わっていないからではないかと考えます。ESGと企業価値の結びつきは学術的な説明もむつかしく、株価との直接的な関連性を運用実務に落とし込むことには困難が伴います。そのため各社独自の考えに基づき工夫を凝らしてESG情報を消化する試みを行っていると思いますが、その考え方の差が大きいため、質問を受ける立場である企業側に混乱と誤解が生じている可能性があると感じます。
こうした混乱を避けるため、当社はエンゲージメント対話の際、冒頭に当社の考え方を説明するようにしています。当社は、長期投資に資する企業であるかを考える際の定性的材料としてESGを捉えており、企業の本業とESGの取り組みを考慮して、企業価値向上の道筋の仮説を設けて対話に臨みます(注6)。
意思疎通は双方向であるべきで、「企業と投資家の双方が常に、伝えるべきことと聞きたいことを意識すれば、対話は向上」するとの考えに賛同します(注7)。対話を依頼した運用会社の運用者やアナリストは、自己紹介の一環として、自社の「ESGと企業価値に関する考え方」を最初に説明するべきと感じます。こうすることで、対話を受ける側の企業は、その会社がもつ問題意識や質問がどういう哲学から発生しているか理解し、企業側からもその考え方に対しての質問をしやすくなり、双方向型対話が促進されるのではないかと思います。
今後はアセットオーナープリンシプルに基づき運用会社のエンゲージメント活動に対して、客観的・監視的な外部からの視座が明確になると考えます。資産の委託者であるアセットオーナーと運用会社の間でも企業価値向上の議論が促進されることで、対話の実態の透明性が高まり実効性の向上が図られると思います。それが対話の現場にフィードバックされていけば、エンゲージメントの質が向上していくものと期待しています。
機関投資家の対話力がインベストメントチェーンの中で重要な役割を担うことになると考えます。
注1)内閣官房HP、アセットオーナープリンシプルの受け入れを表明したリストの公表について、assetowner_list_202505.xlsx
注2)内閣官房HP、アセットオーナープリンシプルのアウトライン、siryou2.pdf
注3)金融庁HP、「アセットオーナープリンシプル」の策定について、assetownerprinciples.pdf
注4)年金積立金管理運用独立行政法人HP、2025年4月、企業インタビュー(結果概要)機関投資家によるエンゲージメント企業から見た評価と課題、interview_202504.pdf
注5)2025年6月10日日本経済新聞朝刊コラム“一目均衡“「機関投資家も「ラストマンに」」編集委員藤田和明
注6)当社レポート「ファンダメンタルズアナリストによるエンゲージメント活動の取り組みと課題」https://jp.allianzgi.com//-/media/a2356b23938f453caf1a97277b216ca2.pdf?rev=-1&hash=7FAEF52297A898A36AEB68ECDBEDC847
注7)『対話による価値創造』、日経BP日本経済新聞出版本部、菊池勝也編集、2021年8月、P129
*当資料及びコメントはあくまでも参考として情報を提供しており、第三者等への配布物用では無い旨ご留意ください。