Regulation | ~ 4 min read
炭素国境調整メカニズム:カーボンリーケージをなくすための調整
炭素排出の厳格な規則を逃れる目的で、規制が緩くコストの安い地に事業を移転する企業がなかにはあるかもしれません。新しい炭素国境調整メカニズム は、こうした動きを阻止するための制度です。
欧州連合の炭素国境調整メカニズム(EU CBAM)が2023年10月に施行されました。この規制は「カーボンリーケージ 」、つまり、環境政策が緩慢な地に生産拠点を移すことで排出対応に伴うコスト上昇を相殺しようとする動きに対処するものです。CBAMは、域外からの輸入で企業が得られる競争優位をなくすために、欧州連合への輸入品に炭素価格を適用する仕組みです。
移行は2段階
この規制は、排出量の削減と生産プロセスのグリーン化を目指す企業が競争面で不利益を被らないようにする狙いがあります。第1段階では、輸入事業者に対し、輸入品の生産プロセスで発生した排出量を申告することのみが義務づけられます。第1段階は2025年まで続き、初めに対象となるのは、鉄鋼、コンクリート、アルミニウム、電力、水素、肥料生産の6セクターです。これらセクターはEUの炭素排出量のほぼ50%を占めています。この段階では、影響は限定的とみられています。
第2段階は2026年に始まり、より大きな影響をもたらす見込みです。第2段階では輸入事業者にEU炭素証明書を購入することを義務づけ、これによって気候変動政策が緩慢な拠点で生産された製品が持つ価格優位をなくすことを目指しています。企業は申告から金銭的負担への移行を求められることになります。EUはCBAMが税や関税には該当せず、世界貿易機関の要件に完全に適合しているとしています。
ただ、違った見方もあります。CBAMは中国、米国だけでなく、カナダ、南アフリカ、ブラジル、トルコなど、欧州への輸出量が多い他国との間でも摩擦を起こすリスクがあります1。大半の影響評価では、経済規模の小さい国にも及び得る影響が無視されています。これは、影響評価で計測の重点が置かれている貿易量やCO2排出量が、経済小国では大規模輸出国に比べ少ないことによるものですが、経済規模の小さい国にもやはり影響が及ぶ可能性があります2。
このほか、計測において地域のカーボンプライシング制度を考慮することも、難しい問題になります。移行の負担を他国に負わせることで、EUは最終的に国連気候変動枠組条約 の核心にある「共通だが差異ある責任 (common but differentiated responsibilities)」の原則に反するおそれがあります。
輸入のグリーン化
EUが目指しているのは、輸入を抑制することではなく、製品のグリーン化を進めることです。CBAMの施行に伴い、カーボンリーケージの阻止を目指して最初に導入されたEU炭素市場の排出枠自由取引は漸次廃止されていく見通しです。CBAMの成功は、EUが貿易相手国にCBAMが保護貿易の手段ではないと説得できるかどうかにかかっていると言えるでしょう。
CBAMの導入は正しい方向に向けた一歩ですが、CBAMが円滑に実施され炭素排出量の削減に顕著な変化を起こせるかどうか、その結論は今後を待たなければなりません。
1 S&P Global, February 2023, Developing economies hit hardest by EU’s carbon border tax
2 Magacho, G., Espagne, É. & Godin, A. (2022), Impacts of CBAM on EU trade partners: consequences for developing countries