1970年代、1980年代に学ぶインフレの教訓
現在の高インフレ環境が資本市場に与える影響を評価するにあたり、1970年代と1980年代の経験は参考になるのでしょうか。当時も今も、インフレの急上昇の引き金となったのはエネルギー価格ショックであり、いずれも米国連邦準備制度理事会(FRB)がインフレを抑制するために介入しました。そして、金融引き締めが発表されるや否や、株式市場は厳しい調整局面に入りました。ここで肝心なのは、一体いつ、市場の回復が始まったか(始まるか)ということです。インフレ率と金利を見ると、短期金利とインフレ率がピークを付けたとみなされた時点で、株価が再び上昇を始めたことが分かります。これは注目に値します。というのも、それらの時点では、マクロ経済指標も企業利益も、地合いの転換を支えるものではなかったからです。それどころか、急速な利上げは、経済活動の大幅な鈍化を示唆し、企業利益がさらに圧迫される可能性がありました。1974年のリセッション(景気後退)時に購買担当者景気指数(PMI)などの景況感指標が底を打ったのは、株式市場の上昇の兆しが現れてから6カ月ほど後のことでした。企業利益も、大幅に低下し続けました。これが1970年代と1980年代からの第1の教訓であり、要するに「株式市場は実際の動向を先取りしようとする」ということです。激しいインフレショックは、言うまでもなく市場参加者の心理に重くのしかかるため、インフレがピークを付けたかもしれないという感触が得られた時点で、市場は活気を取り戻します。そして、それが回復の始まりとなります。この点に関しては、現在の状況といくつかの類似点が見られます。実際にドイツ株価指数(DAX)は、ドイツのインフレが11%を超えた2022年9月に回復に転じ、それ以来30%上昇しています。欧州中央銀行(ECB)によるこれまでの利上げと今後の利上げ、そして比較的弱い企業業績の見通しは、この展開にさほど影響を与えていないように思われます。同様に、マクロ経済の見通しが非常に弱いという事実も、あまり影響していないようです。これが第2の教訓であり、要するに「大きなショックに見舞われた場合、株式市場は危機の引き金となった要因に焦点を当てる」ということです。こうした誘因(現在のケースでは、欧州のガス価格がこの1年で下落したこと)による影響が薄れると、関連して生じる緩和が何よりも重要になります。しかしながら、今日の状況はより複雑です。エネルギー価格の下落が物価全般に波及するには時間がかかる上、急激なインフレを受けて、金利上昇や賃金上昇、消費の減退といったいくつかの後遺症が残るため、当面の間は低迷が続くと思われます。さらに、金融セクターは、急速な利上げになかなか適応できずにいます。建設・不動産セクターも、影響を受け始めています。
では、なぜ市場はまだ好調を保っているのでしょうか。第1に、Ifo指数などの一部の景況感指数は明らかに、昨年の底から回復しています。調査回答者は、より楽観的な姿勢を見せています。グローバルな指標も改善しています。第2に、企業の業績予想は、慎重な見通しが示唆するよりも好調を保っています。この点も1970年代・1980年代と類似しています。つまり、インフレ率が上昇すると、企業は値上げを断行できるため、当初は企業に追い風となるのです。これは特にエネルギーセクターに顕著ですが、高級品や食品、車にも当てはまります。第3に、債券市場の投資家も未来を先取りしようとします。先物市場は金利、特に主要金利が大幅に低下すると予測し、リセッションの可能性が迫る中で満期が短くなる傾向にあると考えます。
したがって、現在の環境は微妙です。市場の期待は高いものの、マクロ経済の見通しは鈍く、金融セクターは高金利への対応に苦慮しています。そして何よりも、中央銀行は状況をコントロールしようと、抑制的な金融政策を貫いています。
ここで考慮すべきなのが、1970年代と1980年代からの最も重要な洞察、すなわち「インフレショックが大きければ大きいほど、また、潜在的なリスクの数が多ければ多いほど、市場が落ち着いた後に株から得られる利益も大きくなる」ということです。しかし、そのような展開に持っていくためには、政策当局と中央銀行が思い切った行動を取る必要があります。1980年代初め、当時のボルカーFRB議長はその後40年にわたって続く株式市場ブームの下地を作りました。パウエル議長とラガルド総裁がこの先例に倣うことができるかどうかは、これから明らかになるでしょう。財政政策当局も、市場を支えようとしており、米国と欧州の両方で大規模な財政刺激策を導入しています。この点も、1980年代初めのレーガン大統領とその戦略的防衛構想に類似しています。
今週のチャート
1970年代と1980年代の米国の株式市場とインフレ
インフレ率のピークと株式市場の底が重なっている
来週を考える
来週初めは、住宅着工件数と全米住宅建設業者協会(NAHB)住宅市場指数が発表されるため、米国の不動産市場について詳しいことが分かるでしょう。週半ばには、ドイツの欧州経済研究センター(ZEW)指数と、英国の失業率および消費者物価が発表されます。米国では、雇用統計の発表が控えています。金曜日は、ユーロ圏、ドイツ、フランス、英国、日本、米国のPMIが発表されるため、特に興味深い一日になると思われます。コンセンサス予想では、景況感が引き続きやや上向くとみられています。