ウクライナ:1年経って

開始からはや1年、ウクライナ戦争は、巻き込まれた人々に甚大な被害をもたらしています。遠い地で起こっているこの戦争をきっかけに、世界は、エネルギー依存、食料の安全保障、「グリーン」の意味をめぐる重要な問題に目覚めました。この12カ月で私たちはどのような教訓を学んだのでしょうか。

要点
  • ウクライナ戦争は物理的には欧州とロシアの交わる地での紛争ですが、その影響は世界中に及んでいます。
  • この戦争は、エネルギーの供給であれ、食料、戦略的金属・鉱物の供給であれ、世界がグローバルなサプライチェーンの重要部分をこの地域に依存していることを浮き彫りにしています。
  • 防衛セクターは以前、「社会的に有害」に分類されていましたが、ウクライナ戦争をきっかけに、自衛する社会的権利をサステナブルファンドに反映させることが可能かどうかが問われるようになりました。
  • 紛争に端を発したエネルギー危機は、環境・社会・ガバナンス(ESG)への取り組みをめぐる疑問を提起することにより、「グリーン」への移行とその達成に必要な規制および投資に注目を集める役割を果たしています。

ロシアがウクライナに全面侵攻を開始し、欧州に戦火を持ち込んでから、はや1年が経とうとしています。紛争は今なお甚大な人的被害をもたらしており、ウクライナとロシアの国境をはるかに超えて広範囲に影響を及ぼしています。国際政策は変わりました。端的に言えば、グローバルなサプライチェーンとジャストインタイム経済が試されています。さらに、この戦争は、サステナビリティに対する人々のコミットメントに挑戦を突き付け、何が「持続可能」に分類されるかについて疑問を投げかけています。

こうした問題を念頭に、本稿では、この戦争から学んだ持続可能性に関する教訓をいくつか紹介します。教訓の中には、まだ学び続けているものもあります。

教訓1:手頃な価格のクリーンな代替エネルギー源の導入を加速させるべき
今回の戦争をきっかけに明らかになったのがエネルギー依存です。ロシアは、世界第2位の天然ガス生産国で、世界最大のガス埋蔵量を誇り、世界の三大原油生産国の一つでもあります1。紛争により、世界各地、特に欧州でエネルギーの安全保障、エネルギーへのアクセス、手頃な価格でのエネルギーの入手が急速に試される事態となりました。その結果、主要な関係者は、ガスや原子力といったエネルギー源の見直しを迫られました。例年に比べ温暖な冬になったおかげで、経済と気候の両面で紛争の最悪の影響は免れたものの、強靭なエネルギー体制の構築が必要であることは明白であり、2022年には再生可能エネルギーが初めて300 GWの大台を超える見込みです。
教訓2:世界経済の再編

こうした積極的なクリーンエネルギー目標を維持するためには、重要な戦略的金属・鉱物の調達方法を根本から見直す必要があります。ロシアは、ベースメタルの主要産出国であり、エコノミスト・インテリジェンス・ユニットの試算では、世界の国内総生産(GDP)の77%以上を占める国々が、過去1年間にロシアまたはウクライナから何らかのベースメタルを大量に輸入しています2

クリーンエネルギーは、ロシアが世界最大の生産国であるニッケルに依存していますが、地政学的な不確実性を背景に、中国がリチウムとレアアース鉱物の供給に果たす役割も注目されています。

今後のクリーンエネルギーの原材料需要を持続的に満たす唯一の方法は、電子製品、すなわち「e廃棄物」の効率的なリサイクルを通じて戦略的金属・鉱物を抽出し、再利用することです。『The Earthbound Report』によると、毎年、地球上で1人当たり7.6 kgのe廃棄物が発生しています3

教訓3:食料安全保障の向上
多くの人々はこれまで、ロシアとウクライナの農業経済の規模の大きさや世界の食料サプライチェーンへの貢献について認識していなかったと思われます。供給の途絶により、一部の基本的な食品の価格が、場合によっては劇的なまでに上昇し、多くの国々を苦しめている生活費の高騰の一因となりました。この紛争から垣間見えたのは、世界の食料サプライチェーンが持続的に途絶した場合に生じうる影響ですが、気候や生物多様性危機もそうした影響を引き越す可能性があります。グローバルなエコシステムを体系的に変革しなければ、食料生産が気候変動に影響し続け、食料の不平等が悪化する可能性があり、人々の健康状態への影響は、すでに逼迫している医療サービスをさらに圧迫しかねません4
教訓4:守るべきものを守る

3月に入り、防衛セクターへの資本配分という話題が注目を集めました。この産業は以前、EUソーシャルタクソノミー(EUの社会的目標に大きく貢献する経済活動を分類したもの)において「社会的に有害」とされていましたが、今回の戦争をきっかけに、持続可能性を掲げるファンドに、自衛する社会的権利を反映させられるかどうかが問われるようになりました。

非人道的兵器を投資ポートフォリオから除外すべきという市場のコンセンサスがある一方、軍装備品・サービスまたは核兵器(核兵器の不拡散に関する条約(NPT)の範囲内かどうかを問わず)を提供する企業については見解が分かれています。

これに対応するため、アリアンツ・グローバル・インベスターズは、除外規定がなぜ、どのように進化してきたかを考察し、軍装備品・サービスを提供する企業に対する弊社のスタンス――持続可能性を掲げるファンドに組み入れる企業について、収益に占める軍装備品・サービスの割合を10%以内とする閾値を設定――が現実的なアプローチであると考える理由を明らかにするリサーチペーパーを公表しました5。弊社では、このテーマが発展途上であることを認識しており、さらに分析を重ねた上で、近いうちにこの問題に対する弊社のアプローチをさらに詳しく定めたいと考えています。

教訓5:ESGを見直す

紛争に端を発したエネルギー危機により、ESG投資という概念はまたたく間に、政治的話題として注目を集めるようになりました。世界のエネルギーインフラへの投資、特に欧州における投資が長期にわたり不足している原因としてやり玉に挙げられたのがESGと、弾力的な供給よりも低コストを優先させる、実態に即していない気候対策でした。このような議論の多くが、実体ではなく政治的な思惑に基づくものだとしても、投資決定へのESGへの適用について真剣に考える必要がありました。

ここ10年でESGの定性的なスコアリングシステムが主流になりましたが、主要な評価機関の方法論やスコアがばらばらであったため、市場に大きな影響力を持つ評価機関による、もっと堅固なフレームワークが必要とされるようになりました。弊社では、すべての投資戦略の判断材料となる、最新の堅固な非財務的なリスクフレームワークが求められていると考えています。また、リスクスクリーニングは、E、S、Gそれぞれのスコアを区別せず足し合わせたものから、E、S、Gそれぞれに特有のリスクの特定の要素(たとえば、物理リスクの評価、社会的不祥事、水使用量原単位、取締役会の構成など)に焦点を当てるようになると予想しています。弊社は、ESGリスクを網羅的に把握するための独自のサステナビリティデータのアーキテクチャと、お客様のニーズや規制当局の要求の変化に対応するための機会評価ツールを開発しています。

教訓6:「グリーンであること」より、移行を優先する

昨年の出来事は、ESGの底力を試しただけでなく、市場に、グリーンであることにのみ焦点を当てるのではなくグリーンへの移行を考慮するように迫るきっかけにもなりました。新しい「グリーン」規制アプローチが混乱を招くだけでなく、脱炭素化と移行の実態から乖離しているという欠点を抱えていることについては、すでに多くの報道がされています。

現実世界への影響に対処し、将来の経済的な強靭性を実現するためのよりグローバルな包括的アプローチが求められています。このアプローチの土台の一つとして考えられるのが移行という概念です。移行は、より強靭かつ持続可能な経済や社会を達成するという具体的な目標に向けた道筋(なるべく積極的なもの)を必要とします。移行と堅固なエンゲージメントの両方が果たせる役割を正式に定めることで、グリーン規制とともに、必要な投資の拡大を後押しすることができます。

気候変動問題をめぐり政治的に分断している米国のような国でさえ、移行が将来の経済の土台となるという考えが受け入れられています。遠く離れたウクライナでの出来事の影響もあり、バイデン政権は、グリーングリッドの構築やグリーンテックへの補助金を盛り込んだ、総額1兆米ドル超のさまざまな法律を成立させています。この複数年にわたる変革は、EUと中国における他の既存の移行計画にもプレッシャーをかけることになるでしょう6

私たちは、2022年2月24日に始まった衝撃的な侵略から多くのことを学びました。持続可能投資に関しては、国や経済ブロックがエネルギー安全保障と気候目標をより密接に連携させるようになるにつれ、ESG界における経済的・政治的論理の精緻化が確実に進むと思われます。

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