セイ・オン・クライメート:期待に応えられるか?
「セイ・オン・クライメート(Say on Climate)」決議は、現時点での導入状況はまちまちですが、企業にその気候目標に対する責任を持たせるのに有効な手段です。企業のクライメート・トランジション計画に最終的に責任を負うべきは経営陣であることから、弊社では、こうした決議は拘束的ではなく勧告的なものとすべきと考えています。
要点
- 「セイ・オン・クライメート」は、投資家がネットゼロに向けた企業の取り組みに影響力を及ぼすのに役立つさまざまな手段の一つです。
- セイ・オン・クライメートキャンペーンの勢いは、国によって異なります。これは、取締役会の役割や株主の考え方の違いによります。
- 「セイ・オン・ペイ(Say on Pay)」との類似点もありますが、セイ・オン・クライメートに画一的なアプローチはないため、類似点は限定的です。
- 企業戦略について最終的に説明を負うべきは経営陣であることから、弊社では、セイ・オン・クライメート決議は拘束的ではなく勧告的なものとすべきと考えています。
「セイ・オン・クライメート」1運動は、ネットゼロへの移行の取り組みと連動した取締役会提案の決議を促進するために2020年に始まりました。この運動では、企業にクライメート・トランジションに関する開示の向上とそれに関連する行動計画を求め、それらを年次株主総会で株主投票にかけることを目指します。本稿では、過去2年間に学んだ教訓を取り上げ、「セイ・オン・ペイ」との違いを明らかにするとともに、欧州各地で支持を得ているこのキャンペーンに対する弊社の姿勢について説明します。
セイ・オン・クライメートの第1号はスペインの大手空港運営会社で、働きかけを受けた同社は、2021年の株主総会でネットゼロ移行計画を提出することに同意しました。それ以降、一般消費財、エネルギー、金融などのセクターで、いくつかの世界的な大企業がセイ・オン・クライメート決議を提出しています。
セイ・オン・クライメートとセイ・オン・ペイの違い
セイ・オン・クライメートとセイ・オン・ペイには重なる部分があるものの、株主投票の部分が異なります。セイ・オン・クライメートは、具体的な戦略的気候計画を株主投票にかけますが、セイ・オン・ペイでは、年次株主総会で投資家が役員報酬について投票します。他にも、以下の違いがあります。
- クライメート・トランジション計画には、出発点や道筋、目標など各企業に固有の要素が盛り込まれる上、2050年までのネットゼロ達成に向けた足並みはそれぞれ異なるため、セイ・オン・クライメートに画一的なアプローチはありません.2。
- セイ・オン・ペイ決議を勧告的なものにするか拘束力を伴うものにするかは、国によって異なります。フランスは、決議に拘束力を持たせるという強いスタンスを取っており、一部のフランスの投資家は、セイ・オン・ペイに合わせてセイ・オン・クライメートでも拘束的決議を求めています。
- 弊社は、両者の明確な違いを考慮して、このような強いスタンスについては慎重に考えています。セイ・オン・クライメートは戦略的な決議ですが、セイ・オン・ペイでは、役員報酬が企業の長期業績と適切に連動しているかどうかが検討されます。
セイ・オン・クライメートに賛成票を投じる
アリアンツ・グローバル・インベスターズは、2021年に30件のセイ・オン・クライメート決議に投票しました。この数は2022年には、およそ50件に増えましたが、その中には、有名な石油・ガス企業のほか、金融、建築材、工業、小売のトップ企業から提出された決議が含まれていました。
2022年は、現在EUタクソノミー気候委任法3(2023年1月1日から適用)の対象となっているセクターでの決議が明らかに増えました。同法は、どの経済活動がEUの環境目標の達成に最も貢献するかを明確にすることで、サステナブル投資を支援することを目的としています。同法の対象となるのは、上場している欧州企業の約40%の経済活動であり、これらの企業が、欧州における温室効果ガスの直接排出量のほぼ80%を占めています。
ただし、セイ・オン・クライメート決議は、タクソノミーが対象とする銀行などのセクターにとどまらず、農業や林業などにも及びます。
導入は広がっていない
この活動は、英国やフランス、スイス、スペインなどの欧州の一部で支持を得ています。これらの国々を合わせると、欧州におけるセイ・オン・クライメート決議の3分の2以上を占めます。しかし、ドイツ、イタリア、オランダ、北欧諸国では、法人設立に関する法律が大きなハードルとなり、それほど導入は進んでいません。そのようなハードルの一つが、企業戦略を設定・運営する(執行)取締役会の責任に株主が干渉することを禁止する強制的な職務分掌制度です。
図表1-2022年の欧州におけるセイ・オン・クライメート投票の導入状況
出所:Georgeson’s 2022 AGM Season Review, www.georgeson.com/uk
セイ・オン・クライメートに対する意見は、北米でも同じように分かれています。この活動を支持している団体の一つは、カリフォルニアを拠点とするアクティビスト団体のアズ・ユー・ソウ4で、2020年にネットゼロ移行計画とセイ・オン・クライメート投票を求める書簡を企業に送付しました。そして、翌2021年には、輸送やレジャー、飲料セクターの有名企業の株主総会を含め、いくつかの年次株主総会で株主決議を提出しました。
しかし、一部の有名機関投資家は、気候戦略に責任を負うべきは投資家ではなく経営陣であることを理由として、また、各セイ・オン・クライメート決議の是非を評価するために必要とされるリソースを考慮して、セイ・オン・クライメートを支持していません。したがって、セイ・オン・クライメートは米国では支持が増えないと弊社は予想しています。
気候変動の緩和には、時間と労力が必要
株主投票がなくても堅固なエンゲージメントを
企業がセイ・オン・クライメート決議を提出しない場合でも、企業のクライメート・トランジション計画を理解するためのしっかりしたエンゲージメントが行われるべきです。投資家は、取締役会と経営陣に、気候リスクの評価と戦略について責任を取るよう迫る必要があります。
セイ・オン・クライメートキャンペーンがすべての国・地域で積極的に支持を得ているわけではないことは残念ですが、気候規制の発展と投資家からの圧力が重なることで、参加する企業が増え、公平な条件の実現に向けた動きが世界中で進む可能性があります。
アリアンツ・グローバル・インベスターズは企業に、気候リスクの軽減と適応だけでなく、大規模な気候投資機会をつかむことによって、クライメート・トランジションとネットゼロの未来に向けて積極的に計画するよう働きかけることを目指しています。このプロセスは、質の高い対話から始まりますが、所有者としての権利を行使して、弊社に与えられた影響力を働かせることにまで及びます。
セイ・オン・クライメートに対するアリアンツ・グローバル・インベスターズの見解
弊社はセイ・オン・クライメートを、企業、その取締役会と経営陣に気候目標について責任を取らせる手段と見ています。さらに、セイ・オン・クライメートは、投資家にとってエスカレーションの手段にもなります。企業は、長期的に進捗を評価する能力があることを明確にするとともに、明らかにずれが生じていない限り、長期戦略の頻繁な変更を避けるべきです。
クライメート・トランジション計画は、企業に固有のものであり、秘密情報や競争に関わる情報が含まれることが少なくありません。そのため弊社は、会社の方針を定めて、経営陣によるその実行と進捗を監督するのに最もふさわしい立場にあるのは取締役会だと考えています。この責任は、取締役会が負うべきものであり、株主に負わせるものではありません。
取締役会は、会社のクライメート・トランジション計画について責任を取るべきであり、投資家は、計画との一致が守られるようにするために明確なエスカレーションの仕組みを持つ必要があります。したがって、弊社は、セイ・オン・クライメート決議を拘束的ではなく勧告的なものとすることを支持しています。
弊社は、排出量の多い投資先企業に対し、気候戦略を株主投票にかけるように促します。加えて、議決権行使の参考とするために、以下の領域における進展の証拠を求めます。
- 企業の気候開示と目標がどの程度包括的で一貫性があるかの評価(取締役会の説明責任と適切なガバナンスの監視を含む)。取締役会は、確立された報告フレームワークに沿って毎年進捗報告を行うことを約束すべきです。このような進捗報告により、企業とセクター全体のピア分析が可能になります。
- 明確かつ信頼できるターゲットとマイルストーンを盛り込んだ積極的な気候戦略(短期・長期両方)。ただし、それらの戦略が企業の中長期的な業績と財務成績を損なわないことを示す必要があります。また、必要な投資や財務コミットメントがあれば、その詳細も含めるべきです。
- 株主の反対が大きいにもかかわらず、株主の懸念に対処する措置が取られない場合、あるいはセイ・オン・クライメート実施に対する会社の対応が満足のいくものではない場合、弊社は通常、会長または持続可能性・気候担当取締役に反対票を投じます。
繰り返しますが、弊社では、セイ・オン・クライメート投票は、勧告的なものにとどめるべきと考えています。これは、企業がクライメート・トランジション計画に対するリーダーシップと説明責任を示すことのできる手段です。このキャンペーンを通じて、気候戦略とパフォーマンスへの強固な投資家エンゲージメントを標準にする余地があります。そうなれば、このトピックに真剣に取り組んでいる企業や業界に対する投資家の信頼感も高まるでしょう。
とはいえ、この活動の当初の導入状況はまちまちです。ネットゼロに沿った開示とガバナンスを拡大し、気候変動に有意義な影響を与えるためには、この活動が一部の国・地域を超えて広がっていく必要があります。一方で、セイ・オン・クライメートが今後、欧州でスチュワードシップの向上を示すことができれば、他の国・地域の参加を促し、勢い付けることができるかもしれません。