身動きできない市場:変化する世界でテールリスクを評価する—成長か金利か?

1月にみられた世界の株式市場の活況は、先行きに対する市場の楽観的姿勢を反映しています。投資家の関心は、インフレや金利の問題から、その先にある成長見通しへと移行したかにみえます。この先数カ月の株式市場の動きは、投資家のそうした姿勢がどの程度正しいかに左右されるでしょう。

総合インフレ率の上昇が鈍化していることは、間違いありません。米国の消費者物価指数は12月に6.5%まで下落しており、英国や欧州のインフレも同様に落ち着きつつあります。これは、金融引き締め政策の成果ともいえます。米国のM2マネーサプライは12月に0.7%減と急減し、流動性が低下しました。一方でサプライチェーンの逼迫は緩和し、エネルギー価格は大幅に下落しています。

ロシアから欧州へのエネルギー供給は停止されているものの、輸送ルートが変更されています。一方、欧州の産業界と消費者の出費抑制に暖冬が重なり、欧州のガス消費は季節平均と比較して15%減少しています。それでも、工業生産に大きな減少はみられません。石油価格は1年前の約3分の1、ガス価格は同2分の1の水準に下落しています。

とはいえ、最新の米雇用統計では失業率が3.4%と、53年来で最も低い水準にあり、コアインフレ率は高止まりしています。また、M2マネーサプライは減少しているものの、パンデミック前の水準をなお3兆7,000億米ドル上回っているとみられ、経済はこの高い流動性に支えられています。加えて、上昇していたモノの価格はいまや下落傾向にあり、これに代わって、価格構成に占める賃金の割合が高いサービス価格が上昇しています。欧州でも同様の状況で、コアインフレ率は5.2%の水準にあります。

この状態は、パンデミックのオーバーハングの継続ともいえます。製造企業が供給逼迫や、(一部では)裁量所得の増加がもたらす恩恵を享受してきた一方、サービス企業は、これとは対照的に、需要の積み上がりに今なお恩恵を受け続けています。また、米国の労働参加はいまだパンデミック前を260万人下回っており、生産年齢人口の37%を55歳以上が占めている状況です。このことは、高インフレの長期継続に労働力が果たす役割に関して疑問を提起しています。つまり、賃金は構造的に上昇しているのか、労働参加の均衡を評価する上で、純粋な自動化ではない「スマートロボット」がどのような役割を果たすのか、企業はどう調整を図るのか、といった疑問です。

労働市場が金利上昇に持ちこたえている状況は、あるいは、世界経済がいわゆる「ソフトランディング」していることの反映かもしれません。国際通貨基金は2023年の世界経済の成長見通しを2.7%から2.9%に上方修正しましたが、これにはエネルギー価格の下落、賃金の上昇、インフレの緩和といった一連の趨勢が織り込まれています。2023年の成長率予想は2022年の成長率3.4%をなお下回っているものの、中国が「ゼロコロナ」政策を速やかに転換したことで、成長見通しには急速に楽観論が広がっています。中国では総合購買担当者指数の低下が数カ月続きましたが、1月には42.6から52.9に上昇しました。

世界の経済成長の原動力である中国の決断は、広範な影響を及ぼすでしょう。欧州では当初、製造を自国に戻す動きがみられましたが、欧州の中国依存は依然として非常に高い状況です。2021年において、欧州の製品輸出先では中国は第3位(10.2%)、また欧州の製品輸入の相手国では中国は第1位(22.4%)でした1。中国の経済再開に受ける恩恵は欧州でより大きいとみられますが、米国の経済見通しも3カ月前の予想に比べると好転しています。逆イールドの進行にもかかわらず、米株式市場が織り込む景気後退入りの可能性は10月時点の80%から、わずか10%に低下しています2

PERは2022年に大きく低下しましたが、マクロ経済のこうした矛盾が今後どう展開するかを理解する鍵は、企業業績にあります。2022年6月以降、S&P500構成企業の予想EPSは10%下落し、過去平均の約2倍の水準にあります。こうした悲観的状況にありながらも、市場の約70%が業績公表を終えた時点で、市場関係者の予想に対し過去平均から1標準偏差上振れた企業は、47%に達しています。

EPSの上振れを好感した動きはない反面、予想が外れたことを大きく問題視する動きもこれまでのところありません。後者は多くの場合、人件費とコストの上昇や、マーケティング費用の増加、在庫の取り崩しが起きる中で、正味の収益と費用にインフレが不均衡な影響を与えることに起因しています。市場コンセンサスは今年の企業利益を1%増と予想しています。これが示唆しているのは、悲観論は既にかなりの部分が予想に織り込まれているのに対し、調整はまだ終わっていない可能性があるということです。年後半には企業利益に対する大きな失望と、見通しの軟化継続により、経済情勢が悪化するおそれがあります。CEO調査(下図)は、さらなる下方修正が必要になり得ることを示しています。中央銀行が金融引き締め策を打ち止めにする前に、予想のさらなる引き下げが必要になるかもしれません。

借入れに再びコストがかかるようになり、成長のための資金を無限の債務で賄うことはもはや不可能です。この先、使用資本に対するリターンの水準上昇は避けられません。この動向は究極的には健全なもので、企業間の適者生存のアプローチが促されるかもしれません。市場は2023年におけるエネルギー価格のテールリスクの可能性を再評価する必要があります。中国の需要回復が確実な中で、目下の微妙な価格バランスは、欧州および米国でどの程度の景気減速が起こるかにも影響を受けるとみられます。ロシアのウクライナ侵攻が継続し、サウジアラビアなどの周辺供給国が方針を固める中で、地政学的影響も続くと考えられます。

ボラティリティが継続するこのような環境において、弊社は引き続き、確信度の高いポジションでポートフォリオを慎重に構築することを支持します。第一に、ボラティリティの低いマルチファクター戦略を中心にポートフォリオを固定し、構築のための安定した基盤をつくることです。第二に、目下の環境は、バリュー株やグロース株のストックピッカーやインカム投資に良好な機会を生んでいます。第三に、弊社は重要な課題(食料、エネルギー、水、サイバーセキュリティなどの国家安全保障、気候変動からの回復力、人工知能などのイノベーション、サステナビリティなど)をベースとするテーマ別長期投資に好機があるとの見方を維持しています。

図表1:米企業CEOの景況感調査

注:網掛けされている部分は景気後退期を表しています。
出所:CEO Confidence (conference-board.org) 2023年2月9日現在

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