Stewardship Principles
ジェンダー・ダイバーシティ:人材のパイプラインを改善する
ジェンダーの多様性(ジェンダー・ダイバーシティ)は新しい話題ではありませんが、顧客や規制当局の期待により、投資への統合に対する注目はますます高まっています。企業と積極的にエンゲージメントを行ってきた弊社の経験から、女性比率を引き上げる取り組みはリーダー職のみに重点を置くのではなくむしろ全体的に行われるべきこと、そして女性の人材のパイプラインを強化する上で投資家が重要な役割を果たしていることがわかります。
要点
- 投資家は積極的なエンゲージメントを通じて、投資先企業におけるジェンダー・ダイバーシティの持続可能な変化を促進できます。
- ジェンダー・ダイバーシティは複雑な問題であり、万能のアプローチは存在しません。しかし投資家が企業の進捗度を測るには明確な根拠が必要です。
- 弊社では、投資先企業に影響を与える目的で、議決権の行使とともに、二者間のエンゲージメントおよび他の投資家との共同によるエンゲージメントを行っています。
- 弊社の見解では、上位の役職における女性比率はジェンダー・ダイバーシティにとって非常に重要です。なぜなら幹部職の女性比率が高まるほど、取締役候補の女性が増えることになるからです。
積極的にエンゲージメントを行うアクティブな投資家として、アリアンツ・グローバル・インベスターズ(アリアンツGI)は、積極的なスチュワードシップを通じてジェンダーの多様性と平等の推進に取り組んでいます1。
図表1が示すように、より上位の役職になるほど女性比率は着実に低下しています。また、アジアは幹部職や上級管理職において欧州や北米に後れを取っています。この不平等への取り組みは、公平性および若い世代の将来への希望の観点において、社会からの期待が高まっています。女性が幹部職に就く可能性が低くなれば、時間とともに賃金や年金が減り、このため不平等がさらに拡大する可能性があります。
機会均等の確保は、ビジネスのレジリエンスとパフォーマンスを守る上で重要な要素となっています。第一に、ほとんどの地域は継続的な労働力不足に直面しており2、欠員を埋めるのに苦労していますが、包摂的な企業文化は、労働力の獲得と定着の効果を最大化できます。第二に、学術的な研究によると、(部分的には多様性の向上によって達成された)より高い包摂性と認知の多様性を備えた企業は、一般にアウトパフォームすることが証明されています。ハーバード・ビジネス・レビューの調査では、例えば、女性のリーダー職の方が男性に比べて、会社の短期的目標よりも長期的でレジリエントな成長に重点を置く傾向があることが示されています3。同じ報告書では、女性CEOの方が、環境、社会、ガバナンス(ESG)に関するあるいは非財務的な慣行や方針などを導入する可能性が高く、多くの場合、ESGのパフォーマンスが向上する傾向があることが示されています。
政策立案者や規制当局は、ジェンダー・ダイバーシティの問題に取り組んでいますが、その「手法」は世界中で異なります。特に規制がない地域においては、企業や投資家が取締役会におけるジェンダー・ダイバーシティ向上への取り組みを後押ししていることを、弊社は確認しています4。
こうした背景を踏まえて、投資家は企業のスチュワード(管理者)として、ジェンダー・ダイバーシティにおける変化を推進する上で真の役割を果たしていると弊社は考えます。多様性の向上がもたらす潜在的なパフォーマンス上のメリットを考慮すれば、投資家にとっては、社会的および環境的なプラスの影響を与えつつ、経済的利益を追求する機会があります。
このような理由から、様々な障害の存在にもかかわらず、アリアンツGIにとっては、多様性を向上させるためのジェンダー・ダイバーシティに関する包括的なエンゲージメント戦略の策定が重要でした。
図表1 – 地域別の女性比率(%)
人材パイプラインの問題:弊社の「お願い」
弊社は、投資先企業の取締役会や経営幹部チームの女性比率について少なくとも30%を提唱しています。これが、マイノリティの声が聞き届けられる最低ラインであると弊社では考えているからです。とはいえ、現地の状況や各企業の出発点を考慮する必要は認識しています。万能のアプローチはありません。
弊社は、多くの企業が幹部職レベルまでの女性人材の健全なパイプラインを構築できていないことを長年にわたり観察してきました。女性の人材のパイプラインは満たされておらず、そして漏出しています。そもそも、エントリーレベルからマネージャーに昇進する女性の数が十分ではなく、さらに女性リーダーは男性よりもはるかに速いペースで退社しています5。つまり、上級リーダー職への女性候補はより限られることを意味します。
そのため、より多くの女性が階層全体にわたってリーダー職に登用されることが、弊社のエンゲージメントの優先事項となります。弊社は、キャリア面の機会均等を確保するために、ジェンダー平等および男女間の平等な競争環境に向けた公正で秩序ある移行を支援することを目指しています。
弊社は、投資先企業がどのような障害に直面しているかを理解し、エントリー職からトップまで女性の人材のパイプラインを構築するお役に立ちたいと考えています。そのため、弊社は、より上級レベルの女性比率だけに重点を置かず、企業にはジェンダー・ダイバーシティにより全体的な観点で取り組むよう勧めています。幹部職の女性は同僚女性のロールモデルとなりますが、弊社はあらゆるレベルにおける持続可能な変化も追求します。
大切にしているなら測定してみよう
弊社は、企業に説明責任を課し、進捗状況の推移を監視するために、KPI(重要業績評価指標)のリストを中心にエンゲージメント活動を明確にしています。KPIには次のものが含まれます。
- 現状と目標:各階層レベルにおける従業員の性別の内訳は? 会社は各階層レベルにおいて野心的ではあるが達成可能な目標を設定しているか?
- 戦略のガバナンスと監視:取締役会において当該戦略の責任者は誰か? 幹部職やマネージャーは、女性をリーダー職に昇進させるためにどのような動機付けをされているのか?
- 包摂性と文化:パートタイムや臨時雇用と比較して、フルタイムの仕事の質はどのようなものか? 性別による離職率の内訳は? 柔軟な働き方のソリューションや、モラルハラスメントやセクシャルハラスメントを防止するための対策が整っているか? 例えば、有給の出産・育児休暇(父親も含む)や心理的障壁を打ち破るためのメンタリング・プログラムなど、ジェンダー包摂を高めるためのプログラムや方針は存在しているか?
- 賃金格差:会社は性別による賃金格差および必要な緩和策を開示しているか?
- 第三者機関による認証:ジェンダー・ダイバーシティ監査または認証プロセスは存在しているか? 会社は女性のエンパワーメント原則に署名しているか6?
エンゲージメントに関する弊社のルール
積極的なエンゲージメントは、弊社の投資戦略が規制の要求に沿っていることを知らせるのに役立ちます。EUのサステナブルファイナンス開示規則(SFDR)7に基づき、投資家は投資先企業による潜在的な負の影響について報告する必要があり、通常は「サステナビリティへの主要な悪影響(PAI)」を考慮します。PAIの必須開示項目14のうち8、2つは特にジェンダー・ダイバーシティに関連しています。すなわち、PAI 12(未調整の性別による賃金格差)とPAI 13(取締役会のジェンダー・ダイバーシティ)です。開示を怠ったり、定められた基準を満たせなかったりした企業は、特に欧州において投資家層が狭まる可能性が高く、弊社ではこの点についての認識を高めるよう努めています。
弊社はジェンダー・ダイバーシティについて通常は二者間でエンゲージメントを行いますが、他の投資家と共同でエンゲージメントを行うことで、より大きな影響を与えられる場合もあると考えています。「30%クラブ」は、弊社が関係しており最も注目を集めている共同エンゲージメント団体です9。アリアンツGIは、2022年に30%クラブのフランス投資家グループの議長を務め、そして本年は共同議長となっています。また、他の投資家と提携して、それ以外の国でも30%クラブ投資家グループを立ち上げています。
進展や企業の対応があまり見られない場合に、どのように状況をエスカレーションさせれば良いでしょうか? 弊社では、指名委員会の委員長に反対票を投じたり、あるいは他の株主が提出した決議を支持したりすることにより、投資先企業の変化に影響を与える目的で議決権を行使する場合があります。これは、エンゲージメントの影響力を確保し、必要に応じて状況のエスカレーションを行うための重要なツールであると弊社は考えています。また、議決権代理行使ガイドラインへのダイバーシティ基準の組み込みに関する調査において、弊社はトップにランク付けされています10。
サステナビリティを形作る者として、弊社のジェンダー・ダイバーシティに関する積極的なエンゲージメントは、国連の持続可能な開発目標(SDGs)の目標5「ジェンダー平等を実現しよう」および目標10「人や国の不平等をなくそう」11に貢献するものと考えています。
格差を隠す:エンゲージメントからの教訓
ジェンダー・ダイバーシティに関する開示のレベルは、企業の設立国の法律や規制のレベルと密接に関連していますが、それらは意識を高める要因として機能し、変化や慣行の改善を促すきっかけとなり得ることを弊社は確認しています。
透明性に関しては多くの点でまだ長い道のりではありますが、性別による賃金格差の開示について問題はより深刻です。一部の経営幹部は「同一労働同一賃金」の概念について困惑している可能性があると弊社は感じています。あるいはこの概念は、多くの業界や企業で広く見られるガラスの天井や、依然として家事の大部分を担う女性にパートタイムなどの雇用形態が不均衡なほどに多いことなど、多くの不都合な現実を捉えているため、彼らはそれにつき話し合うことに不快感を抱くのかもしれません。
性別による賃金格差は、過去における企業のパフォーマンスの悪さを反映していますが、年金へのトリクルダウン効果などを通じてその影響は永続する可能性があります12。
図表2 – 性別による賃金格差を開示している企業
今後の機会
ジェンダー平等への道のりは困難なものですが、このテーマについて積極的にエンゲージメントを実施してきた弊社の経験から、女性リーダーのパイプラインを強化する上で投資家が重要な役割を果たしていることがわかります。幹部職における女性比率が低いため、幹部職の経験が一般的に必要とされる取締役に、女性が候補として挙げられるのはより困難です。幹部職に就く女性が多ければ多いほど、正当な取締役候補となる女性のプールは大きくなります13。
企業にとって特別な機会が到来すると弊社は考えます。すなわち、ベビーブーム世代14が間もなく退職するため、企業はより多くの若い女性を採用し、よりジェンダーのバランスが取れた従業員構成に移行する機会が与えられています。
1 弊社はあらゆる形態のダイバーシティに関心を持っていますが、当論文では、ジェンダー・ダイバーシティおよびそのテーマに関して2年以上にわたる弊社の積極的なエンゲージメント活動から得られる教訓に焦点を当てています。2022年6月の弊社の調査報告「Diversity comes of age as an investment theme」では、パンデミック後の世界における多様性の重要性について考察し、弊社が積極的なスチュワードシップを通じてジェンダー・ダイバーシティの持続可能な変化をどのように促進したいかを説明しています。
2 The post-COVID-19 rise in labour shortages | en | OECD
3 https://hbr.org/2021/04/research-adding-women-to-the-c-suite-changes-how-companies-think
4 EUは、上場企業に対し2026年までに非業務執行取締役の女性比率を少なくとも40%とすることを義務付ける「上場企業の取締役会におけるジェンダーバランス改善のための指令」で先頭に立っています。特に取締役会の女性比率を対象にする一方で、EUはウーマン・イン・ビジネス・イニシアティブを立ち上げ、経営幹部チームにおけるジェンダー平等を促進するための措置も講じました。米国では、現在のところ連邦レベルの法律や規制はありませんが、州や企業レベルでは、企業の取締役会におけるジェンダー・ダイバーシティ向上のための取り組みがいくつか存在します。同様に、アジアでは台湾やシンガポールを除いて法律や規制の例はほとんどありません。香港と日本では、取締役会におけるジェンダー・ダイバーシティ向上のための取り組みが企業レベルで存在しています。
5 マッキンゼーの「Women in the Workplace 2022」レポートによると、エントリーレベルからマネージャーに昇進した人は、男性100人に対して女性は87人にとどまっています。そして次のレベルに昇進するディレクターレベルの女性1人に対して、2人の女性ディレクターが退社を選択しています。
6 About | WEPs
7 https://www.eurosif.org/policies/sfdr/
8 P60-62, https://www.esma.europa.eu/sites/default/files/library/jc_2021_03_joint_esas_final_report_on_rts_under_sfdr.pdf
9 https://30percentclub.org/
10 https://investors4diversity.org/wp-content/uploads/2023/02/I4D_Trendanalyse_Investoren_2023_final-compressed.pdf
11 国連の持続可能な開発目標は、人々と地球の平和と繁栄のための共通の青写真として機能するように設計された17の相互に関連した目標です。
12 EU委員会によると、2021年3月の性別による賃金格差は14.1%であり、性別による年金格差は30%でした。
13 幹部職経験のある女性取締役の割合(49%)は、幹部職経験のある男性取締役の割合(56%)を下回っています。ただし、これらの平均値は地域や国によって異なる場合があります。
14 「ベビーブーム世代」は多くの場合、出生率が上昇した20世紀半ばの1946年から1964年の間に生まれた世代と定義されます。