食料安全保障とリジェネラティブ農業の破壊的な力
農作物の収量を増やすための従来のアプローチは、たとえば肥料や害虫防除の改善、より大型で優れた機械の使用などによって既存のプロセスを改良し、資本をより効率的に利用することによって、収量を少しずつ上げていくというやり方に頼っています。
要点
- リジェネラティブ(環境再生型)農業は、既存の農業のあり方を根底から覆す可能性を秘めています。
- リジェネラティブ農法には、土壌や家畜の健康を向上させるためのさまざまな手法が含まれており、その多くは最先端の技術を活用しています。
- 農業は、ディスラプションがテクノロジー分野を超えて広がっていることを示す典型的な例となっています。
従来のようなアプローチでは、収量の増加分が次第に減少していくという点で限界があるだけでなく、中長期的に土壌の質、生物多様性、水循環、動物の健康、ひいては収量そのものに悪影響を与えかねません。また、新興国における中間層の成長によって食肉需要がますます高まる一方で、供給サイドでは対応能力の問題や既存の農法が生物多様性に与える影響により、アプローチの変革が切実に求められていることから、将来の食料安全保障を確保するためには、さまざまな手法に目を向ける必要があります。
このような中、既存の農業と食料生産を根底から覆す―さらには、食料供給の持続可能性と安全保障を確保する―可能性を秘めている方法として注目を集めている代替的なアプローチが、「リジェネラティブ(環境再生型)農業」と総称されるさまざまな手法です。持続可能性が悪化を回避するものだとすれば、リジェネラティブな農法はさらに一歩進んで、将来の世代が受け継ぐものを向上させます。農家にとって受け継いでいくものとは、土地の生産能力、もっと具体的に言えば、土壌の健康です。リジェネラティブ農業の主眼は、土壌の健康を高めることにあり、そのために農地での化学肥料の使用をやめ、耕起を行いません。というのも、化学肥料や耕起は、植物の健全な成長を支える役割を果たす土壌の微生物に付随的なダメージを与えてしまうからです。リジェネラティブな農法を7年ほど続けると、土壌の健康が大幅に改善されるため、従来の農地に匹敵する収量が得られるようになる一方、投入コストが下がるため、農地の利益は上がります。
「リジェネラティブ農業(中略)が農業と食料生産のあり方を変える可能性を秘めていることは、ディスラプションが従来「テック」と考えられてきた領域を超えて産業を変えつつあることを示す典型的な例となっています」
テクノロジーがこれまでのあり方を変える
リジェネラティブ農法には、抗生物質を投与せず飼育した家畜を利用して栄養分を土壌に還元し、化学肥料に頼らなくてもすむようにするといった、土壌の健康を向上させるためのさまざまな手法が含まれています。健康な土壌は、より栄養価の高い食物を生産し、より多くの水分を保持し、気候変動が原因で頻発している異常気象による被害を防ぐことができます。さらに、大規模農業そのもののあり方を覆すだけでなく、リジェネラティブ農法は、温室効果ガスの排出や河川や湖、海洋への有害な化学物質の流出など、既存の農法が引き起こすさまざまな負の外部性を軽減する可能性を持っています。この点で、「持続可能」という謳い文句は正しく、リジェネラティブ農業の成長は経済プロセス全体のレジリエンス、環境への影響、持続可能性の向上を目指す今日のトレンドに合致しています。
リジェネラティブ農法のテクノロジー面に注目すると、既存の農法を覆す可能性がとりわけ大きい分野がいくつかあります。たとえば、バイオテクノロジー分野における先進的な取り組みは、さまざまな作物の窒素固定を促進することで、収量を維持し増やすために必要な追肥の量を大幅に減らすことを可能にします。農業で使われる化学肥料の量を減らせば、既存の作業プロセスの簡素化とコスト削減につながるとともに、しばしば海洋生物の脅威となる流出汚染とそれに伴う藻の繁殖を抑えることができます。
他にもバイオテクノロジー分野におけるソリューションにより、水不足への耐性を大幅に強化した小麦や大豆などの遺伝子組み換え作物が可能になるかもしれません。そのようなテクノロジーは、限られた水しか使えない状態でも収量を増やすだけでなく、農業全般における水管理の改善の可能性も秘めています。同様に、遺伝子工学によって病害虫への耐性を作り出せば、作物のライフサイクルにおける化学薬品の使用を大幅に減らすことが可能になります。また、化学薬品の開発そのものも高度化しており、標的以外に付随的なダメージを与えるタイプの製品を使わなくてもすむようになりつつあります。もちろん、このようなアプローチに異論がないわけではありません。行動を起こすことが急がれており、こうした新しいテクノロジーが普及していくことは確実である一方、こうしたテクノロジーの適切な利用をめぐる建設的な議論は今後も続くと思われ、歓迎すべきものとして取り組む必要があるでしょう。
家畜に関しても理念は同じであり、有害な可能性のある副作用への、後からの介入の必要性を減らす解決策を模索しています。一例として、特定の病気に強い種を、自然淘汰を活用するなどして開発し、家畜の生存中にその病気の治療に関わるコストと外部性を大幅に減らすやり方があります。