モディ首相が辛勝し「新しいインド」に向けた路線は継続へ
4月19日から6月1日まで、インド国民は「世界最大の民主主義の祭典」である総選挙で投票所に足を運びました。ナレンドラ・モディ首相と、同氏率いるインド人民党(BJP)を中心とする政党連合「国民民主同盟(NDA)」は、世論調査の予測に比べて僅差ではあるものの過半数を獲得しました。モディ氏の勝利と、同政権が掲げる改革課題の継続は、「台頭する新しいインド」に向けた道筋をさらに強化すると見られます。
背景
インフラ、製造業、テクノロジーの成長を促進しながら、福祉政策と財政保守主義のバランスをとるというBJPの戦略は、引き続き有権者の共感を呼んでいます。給付金、宗教、カーストなどの伝統的な影響は徐々にその重要性を失いつつあります。
選挙以外に、最近出たその他のニュースも引き続き支援材料となっています。インドの信用格付けは、国際的な機関から肯定的な評価を受けています。5月末には国際的な格付け会社S&Pが、インドのソブリン格付けの見通しを「ポジティブ」に引き上げました。また、1-3月期のGDP成長率は前年同期比7.8%と予想を大幅に上回りました。現在進行中の長期的な改革と相まって、これにより今後数年間のさらなる有意義な進歩への基盤が整います。
インドは、デジタル化、進行中の改革、伝統的セクターの回復などの恩恵にけん引され、引き続き魅力的な株式銘柄選択の機会を提供すると弊社は考えます。
モディ首相の最初の2期(2014~2024年):重要な改革が行われた10年
ナレンドラ・モディ首相の最初の2期は、持続的な経済成長、財政保守主義、およびインドの競争力向上を目的とした構造改革が特徴でした。最も重要な改革には次のようなものがあります。
不動産・銀行セクター改革:「不動産の開発・販売規制に関する法律(RERA)」のような取り組みは、透明性と説明責任を向上させ、銀行部門の改革は金融市場の安定化と金融包摂(ファイナンシャル・インクルージョン)の拡大に貢献しました。
GSTと税制改革:「物品サービス税(GST)」の改革は、複雑な税制を簡素化し、コンプライアンスを強化するとともに歳入を増やしました。新規製造施設に対するさらなる税制優遇措置により、投資が促進されました。
デジタル利用の拡大:インドでは、7年間で約5億人のインターネット加入者が増加し、政府、企業、消費者の各セクターの生産性が劇的に向上しました。
生産関連のインセンティブ:これらのインセンティブは、輸入代替による国内製造業の強化を目的としており、現地生産能力への多額の投資を促しました。
このほかに、モディ政権はさまざまなセクターにわたって、いくつかの重要な政策変更を行いました。
農業改革:農家と業者が、農産物の売買に関して選択の自由を享受できるエコシステムの構築を目的とした「農産物流通促進法」の導入。農産物のマーケティングを合理化し、仲介業者を減らすことで農家の利益を増やすように作られています。
教育改革:教育をより総合的かつ柔軟なものにし、暗記学習偏重を改めることを強調した「新国家教育政策(NEP)」の策定。インドの教育制度に革命を起こし、グローバルスタンダードに沿ったものとすることを意図しています。
医療改革:全国的なデジタルヘルスインフラの統合に必要なサポートの開発を目的とした「国家デジタルヘルスミッション」の導入。すべての国民に固有の医療IDを設定して、医療履歴を確実に記録し、医療システムの効率を高めます。
フィンテック改革:インド準備銀行による規制サンドボックス制度などの取り組みを通じた金融テクノロジーの推進。管理された規制環境で新商品やサービスをライブテストし、金融サービスセクターのイノベーションを促進します。
エネルギーセクター改革:国内における炭素排出量の削減と、持続可能なエネルギー利用の促進を目的に、パリ協定への政府公約の一環として再生可能エネルギー源の利用を拡大します。
今回の選挙と今後の展望
今回の選挙は興味深い結果をもたらしました。モディ氏率いるBJPの全体の得票率は2019年の前回総選挙と同じ37%であったにもかかわらず、獲得議席数は減少しました。これは、主にウッタル・プラデーシュ州とマハラシュトラ州の2つの大きな州における地域力学によるものです。最終的に、BJPの議席数はローク・サバー(インド下院)で絶対多数に届かず、選挙前の同盟政党の支持を得て政権を発足させました。しかし、中央の連立政権は任期満了まで継続する場合がほとんどです。
経済的に見て、インドの成長軌道に影響が及ぶとは考えていません。インドは、特に次のような恩恵を受けて、今後も新興国市場の民主主義国家の中で最も急成長することが予想されます。
- デジタル化による生産性の向上:デジタル化の推進でさまざまなセクターの効率が向上しています。
- 人口統計上の優位性:労働力人口が増大しており潤沢な労働力が供給されます。
- 海外直接投資(FDI)による資本成長:FDIの大幅な流入と健全な国内貯蓄率が資本成長を促進します。
政治的にも、選挙結果が行政上や立法上の変化に及ぼす影響は限定的と見られ、財政健全化の継続が予想されます。
- 憲法改正はより困難となりますが、法律の改正は可能です。特に、オディシャ州とアーンドラ・プラデーシュ州での勝利は、ラージヤ・サバー(インド上院)でのBJPの立場を強化するものです。
- 地域の連立パートナーが国家レベルの課題を妨害することはめったにありません。また、連立政党に閣僚ポストが割り振られた一部省庁も引き続き機能を果たせるでしょう。
- 財政健全化の継続が見込まれます。7月発表の予算案では、25年度の財政赤字が4.9%程度に減少し、26年度にはさらに減少することが予想されます。
デジタル化と改革による生産性の向上、不動産セクターの復活などにより、ファンダメンタルズは全体的に引き続き堅調です。これらの要因は、資本フローによる支えもあり、経済成長を促進し、市場の安定を維持しています。
予想されるモディ政権3期目の政策の焦点
ここまでの考察を念頭に置くと、次のような政策分野が次期政権の焦点となり、投資家の観点から特に重要性が高くなるものと弊社は考えます。
経済の拡大:2027-28年度までに経済規模5兆米ドルを目指す中、予定されている税制および会社法の改革は、さらなる事業投資を呼び込み、経済活動を促進する見込みです。
労働改革と土地改革:新たな労働法や、土地取得改革の可能性は、雇用創出を刺激し、事業運営を容易にすると見られます。
デジタルと金融包摂:UPIフレームワーク(「統一決済インターフェース」によるリアルタイム決済システム)の拡大により、国内外でデジタル取引と金融包摂が促進されます。
インフラ開発:インフラ・プロジェクトの加速は、経済成長と雇用創出に不可欠でしょう(特に運輸およびエネルギーセクター)。
医療と教育:アユシュマン・バーラト国民医療保障制度のような取り組みの拡大や教育インフラの改善は、インドの人口動態がもたらす恩恵を活用する鍵となります。
外交政策と防衛:特に近隣諸国や、中国のような世界の大国との間における国際的な課題に対処するため、防衛力と広報文化外交の強化が優先事項となります。
エネルギーとサステナビリティ:インドの都市は大気汚染と地球温暖化の影響(デリーの気温は2024年5月に49℃を記録)に悩まされており、太陽光エネルギーと電気自動車に多額の投資を行うクリーンエネルギープロジェクトに重点を置くことは、より持続可能な経済を生み出すための鍵となります。
図表1:インドの統一決済インターフェース(UPI)を通じた決済の増加が続く
出所: RBI, Elara Capital, 2024年4月30日現在のデータ
「新しいインド」に向けた路線の継続
「台頭する新しいインド」のビジョンは、強力な経済改革、戦略的な外交政策、包括的な成長への取り組みに基づいています。このビジョンは、インドの世界的な地位を高め、経済の軌道を上向かせるもので、今回の選挙後も維持されると弊社は予想します。
インドの成長戦略における持続可能な開発の重要性は、いくら強調してもしすぎることはありません。インドは、最も急速に成長中の経済の一つであり、環境のサステナビリティを確保しつつ成長軌道を維持するという二重の課題に直面しています。政府が太陽光や風力などの再生可能エネルギー源に重点を置いていることは、カーボンフットプリントの削減とグリーンテクノロジーの推進に対する政府のコミットメントを示しています。このアプローチは、地球環境に関する目標に沿うだけでなく、グリーンテクノロジー関連セクターにおける雇用創出に新たな道を開きます。
教育改革は、「台頭する新しいインド」のもう一つの要です。政府が導入した「新国家教育政策(NEP)」は、インドの教育制度を見直し、より総合的で柔軟性があり、21世紀のニーズにマッチしたものにすることを目的としています。職業訓練の重視と教育におけるテクノロジーの導入は、技能を持つだけではなく、進化する雇用市場に適応できる労働力の創出に向けた一歩です。この教育改革は、若者の力をさらに高め、若者がより効果的に国家経済に貢献できるようにすることが期待されます。
さらに、政府によるデジタルインフラへの取り組みは、国民全体へのサービスの提供方法に革命をもたらしています。Eガバナンス、デジタルヘルスミッション、オンライン教育プラットフォームなどの取り組みにより、官僚主義的な煩雑な手続きが大幅に削減され、透明性と効率性が向上しています。デジタル化の取り組みは、都市中心部にとどまらず農村部にも及び、情報格差の解消と、より包摂的なデジタル経済の促進に寄与しています。
最終的に、「台頭する新しいインド」の旗印の下で打ち出された政策と改革は、単に経済成長だけでなく、世界経済の変動や国内課題に十分耐えうる強靱で包摂的な社会の構築を目的としています。インドが進むべき道は、膨大な人的資本を活用し、技術革新を受け入れ、持続可能な開発に取り組むことにより、世界的な大国になるのみならず、国民の幸福を保障することにあります。
投資にとっての意味合い
インドによる改革主導型の経済課題への取り組みにより、金融投資の機会が整いました。インドの株式市場は急速に成長しており、MSCIインド・インデックスの銘柄数は過去10年間でほぼ倍増しています。IPO(新規株式公開)のパイプラインが引き続き充実していることから、投資ユニバース全体の拡大が続くことが見込まれます。
インド株式は、このところ地域や世界の新興国市場に対してプレミアム評価で取り引きされてきました。弊社の見解によれば、モディ氏の再選は、インドの持続的な長期成長の見込みを強化し、バリュエーションの下支えに寄与すると考えられます。弊社は、市場バリュエーションを個々の企業と同じ視点から評価します。すなわち、企業の急成長は高い目標株価を裏付け、その優れたバリュエーションに貢献するのが、収益の質、キャッシュフローの持続性、経営ノウハウ、コーポレートガバナンスの向上といった要素となります。
弊社は、ポートフォリオを構築する際に常に一定のリスクに留意しています。世界経済の減速は、輸出機会に影響を与える可能性があります。また、パンデミックが再燃した場合、重大な課題が生じる可能性があります。さらに、民主的枠組みに沿った訴訟が、段階的な改革の実施とその成果を遅らせる可能性があります。
それでも、弊社の見解では、インドは新興国市場のトップランナーであり、高い潜在成長力、強固な法的枠組み、そしてイノベーションのための活力あるエコシステムというユニークな組み合わせを提供しています。インドは、進行中の経済改革や海外からの投資流入を促す政府の積極策によって、ポートフォリオの拡大と、世界で最も急速に成長する経済への投資を考えるグローバル投資家への機会を提供しています。