Embracing Disruption
減量薬ブームが投資に与える影響
一部界隈で「驚異の薬」ともてはやされ、オプラ・ウィンフリーやイーロン・マスクなどの有名人のお墨付きを得たことで人気を博しているグルカゴン様ペプチド-1(GLP-1)受容体作動薬は、1年ほど前から医療界と投資界の両方に旋風を巻き起こしている薬剤群です。一般にはいくつかの商品名の方が知られているこれらのGLP-1薬は、製薬セクターとメドテック(Medical(医療)とTechnology(技術)を組み合わせた造語)セクターに破壊的影響を及ぼしており、弊社はその影響がこれらのセクター以外にも広く、深く及んでいくと考えています。
医薬品のブレークスルー
簡単に言えば、GLP-1薬は、摂取すると満腹感を持続させて、食べる量を少なくし、結果的に体重を減らす薬剤群です。これらの薬剤はもともと、インシュリン分泌を促進し、血糖値を下げる働きにより、2型糖尿病を効果的に治療するために開発されました。しかし、思いがけない副作用として体重減少が現れ、現在ではGLP-1薬は、その体重減少効果で広く知られるようになりつつあります。さらに、これらの薬剤には他にも、心臓発作や脳卒中などの心血管系イベントの発生の低下や、依存症治療薬としての役割といった効果があることを示す証拠が次々と出ています。
これらの臨床効果はもちろん、それ自体素晴らしいものですが、GLP-1薬をめぐる過熱ぶりを十分に理解するには、背景にある人口動態のトレンドを考慮する必要があります。調査によれば、米国の人口の70%前後が標準体重を超えており、うち40%が肥満、10%が重度肥満と推定されています。これは、今日の米国の人口のうち約1億2,000万人が肥満とみなされていることを意味し、この数字は2030年には1億5,000万人に増加すると予想されています。さらに、アメリカ人の10人に1人が現在、糖尿病を患っており、うち9割以上は2型糖尿病です。これは従来、45歳以上がかかりやすい病気でしたが、最近では若年成人や子どもでも発症するケースが増えています。ここで紹介したトレンドは、米国に関連するものですが、世界的にも同じような状況が見られます。2020年時点で5歳以上の世界人口の約38%が標準体重を超えていると推定され、2035年にはその割合は50%以上に増えると予想されます。
図表1:関心の経年変化
出所: Google, 17.01.23
言うまでもなく、過度の体重や肥満は、個人にとっても医療制度にとっても大きな負担となるさまざまな合併症と結び付いているため、GLP-1のような薬の将来性がこれほど騒がれているのもうなずけます。また、冒頭に述べた有名人のお墨付きのおかげで、一般の人々の間でGLP-1薬に対する認識がかつてないほど急速に広がりました。
製薬セクターを揺るがす
GLP-1とその長期的な健康への影響は、ヘルスケアとヘルスケア投資に関して、ここ最近で最も劇的なパラダイムシフトを引き起こしています。
そのインパクトはすでに、他のセクターにも波及しています。GLP-1薬がだいぶ前に登場していたことを考えると、なぜこの1年で爆発的に注目を集めるようになったのでしょうか。
GLP-1薬の使用は、以前は糖尿病治療が中心であり、減量・肥満対策市場への参入は、その幅広い用途を裏付ける証拠が増えてきた最近のことです。実際、こうしたデータの強度の高まりが、米国の食品医薬品局(FDA)による初の減量用途でのセマグルチド(GLP-1受容体作動薬の一種)の承認につながりました。米国と世界におけるそのような薬剤の市場の潜在的規模を考えると、その導入が市場でこれほど大きな興奮を引き起こしている理由は一目瞭然です。
当然のことながら、この領域の2大プレーヤーは、自社の薬剤が肥満関連の合併症の予防に与える影響を積極的に喧伝しており、それが医療技術セクター全体の急落の一因となっています。実際、GLP-1分野の有力企業の成長エンジンが勢いを増す中、心臓血管治療、整形外科、睡眠時無呼吸症候群、肥満手術をはじめとするさまざまな領域の企業が、TAM(獲得可能な最大市場規模)の縮小の懸念に見舞われています。
図表2:GLP-1の勝者と敗者
出所: Bloomberg, 16.01.23
もちろん、大規模なTAM(1,000億米ドル以上と推定される)を持つ新しい、収益の大きい治療分野の例にもれず、激しい競争が起こるでしょう。そのため主要プレーヤーは、完了した(そして進行中の)研究を囲い込むために「データの壁」をもうけています。そうした研究の多くは、競合他社がまだ着手すらしていない種類のものです。すでに有効性は立証されていることから、現在行われている臨床試験は、医師による採用と保険適用の拡大を目的として行われており、先行企業と業界リーダーに、さらに大きなマーケティング上の優位をもたらすように働くと思われます。競合他社は既存のプレーヤーに対抗する臨床を行わなければならなくなりますが、これは高い障壁であり、この分野に新規参入する企業は多大なコストと時間を強いられるでしょう。
GLP-1薬の採用は現在、保険適用と強く結び付いており、今後もそうなると思われるため、医療保険セクターの動向を注視する必要があります。現在、米国における肥満治療の保険カバーは民間市場に集中しており、メディケア(高齢者等を対象とする公的医療保険制度) を通じて利用できる保険は、はるかに低い水準にとどまっています。最近の推計によると、米国では約5,000万人が現在、保険で肥満治療を受けています。2003年以降、メディケアが減量目的の薬剤をカバーすることは法律で禁じられていますが、現在議会で審議されている「肥満治療・軽減法(TROA)」と呼ばれる超党派の法案は、この法律を廃止して、保険適用を可能にすることを目指しています。今後、保険適用が拡大する可能性は高いものの、一部の雇用主は最近、提供する保険の対象から減量目的の薬剤を外すことを選択しており、長期的な採用には、コストなどのハードルが残ります。一方で、現在および今後の合併症の臨床試験により、GLP-1薬のコストベネフィットが向上する可能性があります。
肥満率の低下がもたらす破壊的影響
控えめに見積もっても、GLP-1薬の普及は、市場リーダーにとって大きな恩恵をもたらすと思われます。肥満人口への浸透率を10%、患者一人当たりの年間コストを5,000米ドルと仮定すると、アルコール依存症などの依存症治療といった他の有望な治療を含めなくても、米国だけで600億ドル規模の市場となります。さらに、弊社は、2大プレーヤーが長期的にこの市場で合計80%以上のシェアを維持する可能性が高いと見ています。
さらに、GLP-1薬の幅広い採用の影響は、一部の先駆的な製薬会社に利益をもたらすだけにとどまりません。さまざまな領域における合併症の治療需要の減少という点で、メドテックセクターの他の部分に破壊的な影響を及ぼしかねないことは明らかですが、摂取カロリーの減少の広がりによる影響はそれ以上に深刻であり、食品・飲料や農業関連、タバコなどの市場が影響を受けるでしょう。たとえば、米国のソフトドリンク市場では、消費量の50%以上を消費者の7%が消費しており、この層は確実にGLP-1薬のターゲットになります。
図表3:GLP-1薬の浸透によって「大きな影響を受ける」銘柄の割合は、生活必需品セクターの中でもさまざま
生活必需品セクターにおけるBMI数値が 27以上の企業の割合 出所: World Health Organisation, company reports, Barclays Research
GLP-1薬は、ヘルスケアサービスとメドテックだけでなく、幅広い消費者セクター、特にスナック業界、ソフトドリンク業界、高炭水化物食品業界に重大な破壊的影響を及ぼしています。弊社はまだ、この影響の評価と予測を始めたばかりの段階ですが、数カ月後、数年後にはより明確になると思われます。したがって、これらのセクターに対してアクティブな アプローチを維持することがカギとなります。GLP-1薬の今後の道筋は明確でなく、一筋縄ではいかないでしょう。しかし、その破壊的な影響は世界中に波及し、金融市場やそれ以外の市場において勝者と敗者を生み出す可能性が高いため、弊社は、今後もGLP-1の動向を追跡する価値があると考えます。