Sustainability
人権-それはサプライチェーン最大の弱点か?
世界的な危機、注目を集める労働者人権違反、および法律改正によって、サプライチェーン全体を通した労働者の保護の徹底について、企業への注目が集まっています。投資家にとっては何が課題となるでしょうか。
要点
- 採掘業からファッション業界にまで及ぶ労働者権利の危機が、人権への不十分な対応による財務リスクを浮き彫りにしました。
- こうした議論が、新たな規制と相まって、サプライチェーン全体における人権の透明性の向上を促しています。
- こうした権利を保護することは、財務リスク、法的リスクおよび風評リスクを緩和すると同時に、企業が国連の持続可能な開発目標(SDGs)に貢献することにつながります。
- 投資家として、弊社は、労働者権利に係る問題を特定し、企業が国連のビジネスと人権に関する指導原則などの重要なベンチマークに従うように促します。
職場における人権の保護は、重要であると同時に複雑な課題です。第二次世界大戦後、1948年に国連総会において世界人権宣言が採択されたことによって、人権に対するコミットメントは大きく進展しました。世界人権宣言は、マイルストーン文書として、個人に対する国家および企業の責任を概説する30か条から構成されています(図表1参照)。
図表1:世界人権宣言30か条の要約
出所:United Nations, 1948 Universal Declaration of Human Rights
それ以前にも、第1次世界大戦後の1919年に、国際労働機関(ILO)が設立され、報酬、職場安全および個人の代表権の自由などの分野を含む、適正な仕事に対する最低限の基準を設定しました1。 今や、これらの基準は、ソーシャルメディアや人工知能に関連する分野にまで拡大され、適正な移行の過程において、そのスキルが余剰となりうる従業員のメンタルヘルスの懸念などといった、新たな問題においてもその役割を果たしています2。 現在では、グローバル・サプライチェーンにおける労働者の権利も、これらのILO基準の対象となっています。
コミットメントからコンプライアンスへ
これらの展開および基準は、人権をめぐる広範なコミットメントから、特定の法律に対するコンプライアンスへの進化の始まりでした。しかし、この数十年にわたり長く続いてきたグローバリゼーションと技術の発展は、同等の比重でステークホルダーの保護には反映されていないと言っていいでしょう。人権に関する規制の対象範囲が増え、適用される人々が広がったのは比較的最近ですが、これによって、製品とサービスがどれだけ労働者の公正な権利と労働条件に沿っているか(またはいないか)に対する、消費者と企業の関心の高まりが促されました。さらに、これらの権利への配慮と保護を怠れば、企業は風評リスク、法的リスクおよび財務リスクにさらされる可能性があるという理解も高まっています。
過去10年間の人権デュー・ディリジェンス法令には以下が含まれる。
- 2015年 英国現代奴隷法3
- 2017年 フランス企業注意義務法4
- 2021年欧州委員会 事業およびサプライチェーンにおける強制労働問題のリスクに対処するためのガイダンス5
- 1930年米国関税法、第307節2023年改正版6
- 2023年1月~ドイツ サプライチェーンにおける企業のデュー・ディリジェンス義務に関する法律7
図表2:最もまん延している人権に対する申し立ての種類
出所:World Benchmarking Alliance, November 2022 CHRB-Insights-Report_FINAL_23.11.22.pdf, p.26
投資家はサプライチェーン全体における人権問題にどのように対応すべきでしょうか。それには特別な手法が必要であり、このテーマの複雑さを考えれば、弊社は、企業とのエンゲージメントが重要なツールになると考えています。こうした複雑さを浮き彫りにするように、ワールド・ベンチマーク・アライアンス(WBA)は、申し立てられた人権問題の半数以上が、企業ではなくサプライチェーンに関連するものであると報告しています8。 また、WBAは、人権に関する企業の活動実績をベンチマーキングすることが、変化の促進に貢献していることも確認しています。さらなる実績の向上のためには、人権に対してより上級職のレベルが責任を持ち、企業活動およびサプライチェーンにおける日々の人権管理に、リソースと専門技能を配分することが必要となります。
弊社の構造的アプローチ
企業にとっての主なリスクはどのようなものでしょうか。劣悪な人権関係の実績は、デュアル・マテリアリティとして知られている、財務リスクおよび価値ベースのリスクの両方に、企業をさらすことになります。
- 弊社は、弊社のサステナブル投資戦略における人権をめぐるリスクについて考えます9。 デュアル・マテリアリティ・アプローチの第一歩として、弊社は除外基準に従い、国際基準や規制に著しく違反している企業について、株式を投資ユニバースから除外します。こうした違反には、国連グローバル・コンパクトの原則、経済協力開発機構(OECD)の多国籍企業行動指針、国連ビジネスと人権に関する指導原則などに対する違反が含まれます。
- 除外に加え、企業の人権に関する記録を評価することは重要な要素であり、弊社のサステナビリティ調査チームが主導する次のステップとなります。同チームは、まず、企業およびそのサプライチェーンの両方における人権関連の紛争を調査します。
- チームが特定した問題があれば、スチュワードシップ・チームが、徹底的に分析を行い、対象をしぼったエンゲージメントを行います。エンゲージメント・プロセスを経て、特定の企業に人権に関する実績が劣悪であるというフラグが立った場合、選択した投資戦略からその会社を除外する可能性があります。または、弊社の代理投資権を利用して、年次株主総会において企業の経営陣に反対票を投じる可能性もあります。このプロセスについては、注目を集めたある事例を通して、図表3に示しています。
図表3:エスカレートするスターバックスの人権問題
出所:Allianz Global Investors, 2023年3月
* 本エンゲージメント事案の詳細はこちら
ご存じですか?
人権問題は、欧州連合のサステナブル金融開示規則に定義されている、サステナビリティに対して必須の有害なインディケーター に関する、サステナビリティに有害な影響を与える事象(PAI)に反映されています。2つのPAIは、国連グローバル・コンパクト、およびOECD多国籍企業行動指針に関連するものです。PAI 10は暴力を扱っており、PAI 11はそれらの各基準に対するコンプライアンスをモニタリングするプロセスおよびコンプライアンスの仕組みを持たない企業に焦点を合わせています。
人権エンゲージメントの方向づけ
サプライチェーンにおける人権に関する企業とのエンゲージメントに対する弊社独自のフレームワークは、OECDの責任ある企業行動のためのデュー・ディリジェンス・ガイダンス(2018年)を参考としており、弊社が企業に求める人権行動の5本の柱に基づいています。
- 人権方針:明確なガバナンス構造による、企業およびサプライチェーン全体における人権の尊重に関する明確なコミットメント。
- リスク評価:詳細かつ定量化された、国別、組織別、活動別、および製品別のリスク評価。
- 予防、緩和および是正措置:これらの措置は、リスク評価において明確に指定する必要があります。
- 実績の追跡およびモニタリング:特定の重要業績評価指標を用いた、人権に関する実績の定期的な監査。
- コミュニケーションおよび報告:監査結果および実施された緩和措置を含む、人権デュー・ディリジェンスに関する全面的な開示。
弊社は、これら5本の柱のそれぞれについて、すべての企業が適用できる関連する質問を作成しました(図表4の例を参照)。これらは、企業がサプライチェーンにおいてマテリアリティを実行できるようにするフレームワークを確保するものです。
図表4:弊社の人権エンゲージメント・フレームワークによる質問例
出所:Allianz Global Investors, 2023年10月
弊社のエンゲージメントは、労働者の人権に大きな影響を及ぼすセクターを重視しており、欧州コーポレート・サステナビリティ・デュー・ディリジェンス指令を指針としています(図表5参照)。このセクター分析を利用して、弊社はすべてのアセット・クラスにわたる投資保有を、指標の組み合わせ(例:人権問題インシデントの重大性、サプライチェーン・インシデントの件数、紛争のフラグなど)によってマッピングし、弊社の投資のうち、最も極端な紛争としてフラグが立てられたものを特定します。
図表5:サプライチェーンにおける人権に対する弊社のエンゲージメント・キャンペーンの対象となった高影響企業のセクター別セグメンテーション
上記の数字は、各産業セクターにおいて、このテーマについてエンゲージメントを行った企業の数を示す。
エンゲージメントの具体的な、目標とする結果を確保するために、弊社は徹底的に企業の事業慣行を分析し、それらを業界のベスト・プラクティスと比較の上、各企業と協議すべき具体的な質問を特定します。弊社は、弊社のスチュワードシップ作業において期待される結果の達成に向けた進捗のモニタリングを促進するために、適切な開示およびマイルストーンを要請します。
弊社の人権に関するエンゲージメント・キャンペーンでは、徹底的な分析に加え、2つの重要な原動力があります。ベンチマーキングとベスト・プラクティスの共有です。これらは、投資先企業との質の高い対話を行うために不可欠です。特に、弊社は、次のツールをエンゲージメントのために使用します。それは、ワールド・ベンチマーキング・アライアンスの指標の一部である、企業人権ベンチマーク10と、サプライチェーンにおける強制労働の問題およびリスクについて企業をサポートするKnowTheChain11です。
ベスト・プラクティスの証拠を提示することは、他の企業が、人権に対するアプローチを改善するために、具体的に同じような行動を起こすことを促進する可能性があります。一例を挙げると、あるドイツの繊維・アパレル企業が、第三者監査人のために社会的責任監査マニュアルを公開したことがありました。同マニュアルは、監査の範囲、監査対象方針、およびその実施手順を明確に定めています。これにより、企業は監査がその基準に従って実施されていることを示すことができます。弊社は、この開示は、業界標準に挑戦するものであるため、先進的なものであると考えており、他の企業にもこの慣行を採用することを推奨します。
共にさらに前進する
弊社のアプローチの最後の要素は、協調的なエンゲージメントです。人権に対するエンゲージメント・アプローチを強化するために、2022年に弊社は、人権および社会問題に対する投資家の行動のためのスチュワードシップ・イニシアティブである、PRIアドバンス12に参加しました。本年を通して、弊社は、他の投資家と協力して欧州・アジアの企業とのエンゲージメントを行いました。本イニシアティブの包括的な目的は、投資家スチュワードシップを通して、人々のために人権および有益な結果を促進することです。以下の3つの期待は、PRIアドバンスがこれらのエンゲージネントの焦点となる企業のために設定したものです。
- 国連の指導原則の全面的な実施-人権に対する企業行動のガードレール。
- 企業の政治的エンゲージメントを、人権尊重に対する責任と連携させること。
- 最も深刻な人権問題に対する進展を、企業の業務およびバリューチェーン全体において深める。
今後について
要するに、サプライチェーンにおける人権の保護は、依然として、企業から、そして投資家から、より多くの注目を要する課題です。これが、弊社が今年初旬に特定の問題に特化したエンゲージメント・キャンペーンを開始した理由です。まだ初期段階ですが、着実に進展しており、弊社は企業の間で以下のような初期のトレンドを認識しています。
- 企業が任命するチーフ・ヒューマン・ライツ・オフィサー(最高人権責任者)の数が増加。
- 開示方法は様々だが、人権リスク評価が、標準的慣行となりつつある。
- 欧州企業によるサプライチェーン開示は、他の地域と比較し高水準。
このエンゲージメント・キャンペーンの完了時には、それらに関するさらなる知見、および弊社のエンゲージメント・フレームワークが引き続きどの程度進化するかについて、併せて共有する予定です。
アリアンツ・グループの人権に対するコミットメントの詳細については、「人権の尊重」(英語)をお読みください。
1 International Labor Organization 2023, The benefits of International Labour Standards (ilo.org)
2 UN PRI, 2023, Just transition
3 legislation.gov.uk, Modern Slavery Act 2015
4 European Trade Union Institute, The French ‘duty of vigilance’ law 2017
5 European Commission, 2021, New EU guidance helps companies to combat forced labour in supply chains
6 Congressional Research Service, Section 307 and Imports Produced by Forced Labor - Update, October 2023 (congress.gov)
7 Federal Ministry of Labour and Social Affairs, 2023 CSR - Supply Chain Act (csr-in-deutschland.de)
8 World Benchmarking Alliance, 2023 Corporate Human Rights Benchmark
9 Sustainable investment strategies refers to investment funds issued and managed by Allianz Global Investors categorised as: Multi asset sustainability strategy or SDG-aligned strategy
10 Corporate Human Rights Benchmark, 2023 https://www.worldbenchmarkingalliance.org/corporate-human-rights-benchmark/
11 Know the Chain, 2023 https://knowthechain.org/
12 PRI Advance, 2023 https://www.unpri.org/investment-tools/stewardship/advance