日本株月次レポート:9月
ヘッジファンド・マネージャーにはナンセンスなESG投資
サラリーマンながらかつて長者番付で1位となったタワー投資顧問の元ヘッジファンドマネージャー・清原達郎氏の著書『わが投資術 市場は誰に微笑むか』が好評です。
浮き沈みの大きいヘッジファンドで多くの失敗を経験しながらもそれらを乗り越え、長期にわたり卓越した成績を残されてきた経験を率直に振り返った痛快な読み応えの話題作です。
当社含めたロングオンリー(買いポジションのみの戦略)の機関投資家からみても、運用戦術に関しては共感できる点は多いと思います。しかしESGに対する取り組みに関しては、ヘッジファンドとの大きな違いを感じます。
清原氏は、ESG投資は「まったくナンセンス」と断言し、「そもそも環境のEやソーシャルのSの問題に投資顧問会社が口をはさむべきなのでしょうか?とくにEについては複雑すぎてとてもポートフォリオマネージャーに結論が出せる問題だとは思えないのですが。」「パフォーマンスの悪いアクティブ運用のマネージャーがクビにならないためにESG投資にしがみついているように私にはみえます。彼らは複雑な環境問題を理解するほどの頭はありません。優秀なマネージャーは普通の投資で好パフォーマンスをあげるのでESG投資などやる必要はありません」(注1)とのご認識のようです。
まず、EとSは運用会社が関わるべき課題か?と清原氏は指摘しています。当社含め多くの機関投資家はスチュアードシップコードに賛同しており、サステイナビリティ(ESG要素を含む中長期的な持続可能性)を考慮し、投資先企業との対話(エンゲージメント)が求められています。つまり顧客から資金を預かり運用することを生業とする上では、受託者責任の中にすでにESGを考慮することが内在していると考えます。
また、複雑すぎて外部から結論がだせる問題ではないとも述べています。機関投資家は資産運用のプロであるので、EやSに関してこの指摘は理解できます。当社は外部の存在である投資家が特定企業のEとSに直接的に働きかけて課題解決ができるとは考えていません。まずは、社内での課題認識、解決に向けた道筋、その解決方法の実践と評価、あらたな課題の洗い出し、というPDCAサイクルが機能する仕組みが確立されているか確認することを重視しています。特に、外部のステークホルダーの視点をもちながら取締役会で意見を述べる機会のある社外取締役の活躍に期待しています。私たちは、機関投資家と社外取締役の方々との対話は非常に有用と考えその機会を提案しています。こうしてガバナンスの自浄作用が機能していることを確認することが重要と考えます。
そして清原氏は、経済的リターンが重要でESG投資は不要、と述べています。平時にはESGと株価パフォーマンスの関連を説明することが難しいことは事実です。しかし、経営環境の急速な悪化や企業特有の問題などで株価が急落したときに、つまり有事の際、常日頃からESGを経由した資本市場との信頼関係を構築していることはその後の株価形成にも影響を与えると考えます。非財務面も含めて経営哲学と企業文化が伝わるコミニケーションをとっている企業には、長期投資をしたいと考える投資家が増え、その結果何らかの理由で株価が急落しても、それを買いの機会と判断できるからです。その結果、資本コストが下がり、長期的な経済的リターンに結び付くものと思います。
経済学者の武田晴人氏が「もしその企業の生産活動が社会の維持可能性に脅威になっているとすれば、それは認められるものではありません。より望ましい社会への歩みに貢献する範囲内でのみ、企業の収益性の追求が受け入れられるに過ぎないのです。」(注2)と指摘するように、ESGの本質は「経済の外部性」であるといわれます。
企業の外部性を指摘し対話を続けることは当該企業の価値向上につながるだけではなく、資産運用会社がみずからのの「外部性」を認識しているのであれば、それは機関投資家の責務と考えます。
注1:下線部引用「わが投資術 市場は誰に微笑むか」清原達郎著、KODANSHA, 2024, P282
注2:下線部引用「脱・成長神話」武田晴人著, 朝日新書、2014,、P109