日本株月次レポート:2025年10月

スチュアードシップの実効性
コーポレートガバナンスコードが2015年に策定されてから10年が経過しました。2014年策定のスチュアードシップコードとともに、過去10年を振り返り研究した文献や分析が多く見受けられます。
エンゲージメントを通じ投資先の企業価値向上に寄与するという目的のもと、機関投資家は試行錯誤しながらも建設的な対話の実践をしてきました。しかし運用実務上、対話を行なってすぐに企業価値の向上に直結することは考えにくく、またエンゲージメント活動の効果の測定は学術的にも困難な状況です。効果測定が難しいため機関投資家の対話自体も形式的に陥りがちとの指摘もあります。
過去10年で、企業の情報開示と機関投資家との対話の質は大きく進歩しましたが、依然として改善の余地もまた大きいと感じます。機関投資家側にも多くの課題が残っており、企業側からみると情報開示の負担が大きいにもかかわらずそもそも投資家は読んでいるのかという疑問、運用会社のエンゲージメントの軸が不明、といった不信感もあるようです。
運用会社は上場企業のガバナンスを問う立場であると同時に、自らのガバナンスも問われる存在であることを再認識する必要があると考えます。多くの運用会社は大手金融機関グループの傘下であったり非上場であるため、外部からガバナンスの質を問われることは多くありません。しかし、受託者責任を負って顧客から資金を預かり運用業務を行う以上、インベストメントチェーンの中での主要な主体のひとつであり、その社会性の重要性を鑑みれば、ガバナンスの質を担保する仕組みを構築する必要はあると考えます。スチュワードシップの実効性を高めるには、運用会社自身の統治構造とスチュアードシップ活動における哲学が不可欠といえます。
金融庁はプログレスレポートの中で、資産運用業が銀行・保険・証券に並ぶ第4の柱となるよう、業界の発展を継続して推進させると述べています。そして運用会社のガバナンスとして業界全体・他社比較の分析をもとに自らの立ち位置を把握した上で、現在のビジネスモデルは適切か、どのようにして差別化を図っていくか、更なる成長のために取り組むべき優先課題・本質的課題は何か、といった点について議論すべきと指摘しています。
一部の大手の資産運用会社は独立社外取締役を選任し、モニタリング機能を強化していますが、こうした取り組みはまだ少数にすぎません。利益相反の適切な管理と顧客の最善の利益を図るため、独立社外取締役が過半数を占める指名委員会の設置の提言も行われています。
こうした実態をうけ、昨年はアセットオーナープリンシプルが策定されました。当該プリンシプル原則5には、「運用委託先の行動を通じてスチュアードシップ活動を実施」とあり機関投資家のガバナンスやエンゲージメント活動を監視するアセットオーナーの役割がこれまで以上に明確になると考えられます。
コーポレートガバナンスコードとスチュアードシップコードに加え、アセットオーナーからの視座が加わることで、三位一体の枠組みが形成され各主体の連携が深化し、日本政府が目指す「資産運用立国」の確立にむけた取り組みが一層推進されることを期待しています。
【参考文献】
一般社団法人スチュワードシップ研究会木村祐基編著(2025)『機関投資家によるスチュワードシップの実践と展望』、同文館出版
中村直人・倉橋雄作著(2018)『コーポレートガバナンス・コードの読み方・考え方』「第2版」、商事法務
金融庁(2025)「資産運用サービスの高度化に向けたプログレスレポート2025」
GPIF(2025)「企業インタビュー(結果概要)機関投資家によるエンゲージメント企業から見た評価と課題」
内閣官房(2024)「アセットオーナー・プリンシプル」
金融庁(2024)第29回スチュアードシップコード及びコーポレートガバナンスコードのフォローアップ会議参考資料