日本株月次レポート:6月
思考の前年同期比
前年同期との比較は企業業績や景気指標のトレンドや勢いを確認するために用いられる一般的な指標です。これを運用戦略にも応用し、前年の今頃当社や市場コンセンサスがどのような見通しをもっていたか振り返ることで、いったん立ち止まって運用戦略を客観的に評価することができると考えます。年末年始に恒例行事として1年の振り返りを行うことは多いですが、転換点となった節目にこの頭の体操を行うことが効果的です。
日本株市場は昨年の通期決算発表(2023年4月後半以降約1か月)を起点として上昇を続けてきました。上昇をもたらした要素は数多く上げられますが、中でも多くの識者が必ず挙げる要因がインフレへの移行とガバナンス改革の二つです。当社も同様の認識をもっていますが、振り返ってみると1年前の期待と現実には3つの違いがあります。
まずインフレの認識です。欧米では、高すぎるインフレが低下すれば政策金利の引き下げ余地がうまれ、その結果株価上昇が期待ができる、というわかりやすい発想を投資家はもっています。一方、日本では、インフレを定着させたいという政府・日銀の思惑、エコノミストの政策金利引き上げ観測、そしてストラテジストの日本株に強気な見通し、と一見それぞれが矛盾した動きにみえてしまい、一部の外国人投資家は困惑しているように感じます。賃金上昇による需要牽引型のインフレを定着させるため、実質金利のマイナスを維持しながら異次元緩和を終了させ、そしてデフレ脱却が確認できれば株式市場には追い風となる、とひとつひとつ丁寧なコミニケーションを続けることでこの認識の差を埋めることができると考えます。
また、インフレに関してもうひとつの期待との違いは日本国内の消費者意識です。当社のグラスルーツ🄬調査によれば、国内の消費者はインフレの兆しが出てきているにも関わらず、ステレオタイプのデフレ型思考と銀行預金中心の資産配分が変わっていないことが伺えます。賃金上昇よりも物価高騰が上回る状態(実質賃金のマイナス)が丸2年間続き、資産配分の入れ替えが行われていなかったものと思われます。
当社は賃金の上昇は、今年ほどの伸び率ではないかもしれませんが、来年以降も継続し、需要牽引型インフレへ移行すると想定しています。日本では人手不足も長引いているため、継続的に賃金を引き上げていかないと優秀な社員を引き留めることはむつかしいと考えます。退職者が増加し補充人員を採用しようとすると、苛烈な採用競争に巻き込まれるため、既存社員の給与水準を引き上げたほうが合理的と判断する傾向がでてきています。持続的な賃金上昇の期待が醸成されればインフレ型思考へ移行していくものと想定しております。
3つ目は、ガバナンス改革の期待と現実です。まず企業側に関して、資本コストを認識したうえでの経営施策が求められる中、ほとんどのケースが期間収益の配分を示すにとどまっています。個別案件の投資や単年度のキャッシュ配分は効率化されているかもしれませんが、そのひとつひとつを積み上げたバランスシートの全体最適の確認作業とその考え方の開示が必要に感じます。(注1)
また同時に機関投資家側は、企業価値向上に資する対話のアジェンダ設定を企業側に依存してしまい、投資家の観点からの企業価値向上に向けた施策の提案が十分ではないように感じます。対話に関して投資家が抱える課題・悩みのヒアリング調査で、“企業価値向上に資する対話のアジェンダ設定となっていない”という項目が上位に挙げられること自体が、投資家側の当事者意識が希薄であることを表しているように感じます。(注2)上場企業と対等の立場で物事を考え建設的な対話を行うためには投資家側にも能動的な思考プロセスが必要と考えます。(注3)
来年の今頃からみた前年同期比(つまり今の思考)の評価がどのようなものになっているか、当社を含めた資産運用業はますます重要な役割を担うことになると考えています。
注1:https://www.jpx.co.jp/equities/follow-up/nlsgeu000006gevo-att/cg27su00000041xn.pdf 資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について(案)P1 株式会社 東京証券取引所上場部
注2:https://www.jpx.co.jp/equities/follow-up/nlsgeu000006gevo-att/jr4eth0000000zqd.pdf 「株主との対話の推進と開示」に関する企業の対応とフォローアップ。P2 株式会社 東京証券取引所上場部
注3:当社のエンゲージメントの取り組みは下記リンク参照 https://jp.allianzgi.com/-/media/allianzgi/ap/japan-v2/pdfs/engagement-and-corporate-governance.pdf?rev=-1&hash=7F093E48381F891614D1FC45CAAF77D1