日本株月次レポート:12月
スライダーを投げた佐々木朗希投手
160キロを超える直球と落差の大きいフォークボールで、2022年4月、佐々木朗希投手は完全試合を達成しました。今シーズンはスライダーを取り入れ、投球内容は大きく変わりました。直球の出力を抑制する余裕がうまれ登板試合数も増え、自己最多10勝を記録しました。このスライダーは昨年のWBCでダルビッシュ投手から薫陶を受けたものといわれています。
スポーツの技術や職人技能など経験に基づく知見(コツ、ノウハウ)は暗黙知といわれます。暗黙知を活用するためには、内在化させ包括的にとらえる(細部の知識の単純合算ではなく、全体像を知覚する)ことが必要と言われています。(注1)
現在、人手不足の影響と政府指針により多くの企業が人的資本強化に取り組み、その施策を開示しています。あらゆる企業に存在する暗黙知は、そのままでは共有することが困難なため、形式知に置き換えて研修活動が行われています。さらに、それを外部に公表する必要性から、より明確なKPI、例えばデジタル人財、従業員エンゲージメント、退職率などを多くの企業が開示しています。投資家の観点から、人的資本強化の指標の明示と、そのKPIの時系列推移の説明は大変有益と感じます。
また、それと同時に重要なことは、数値の背後にある膨大な暗黙知に迫ることと考えます。統合報告書の重要性はここにあると考えます。CEOの考え方、価値創造のストーリー、社外取締役の意見など企業からのメッセージは暗黙知からなる企業文化を映し出すものと考えます。こうした情報を受け取る立場である投資家側にも、企業の実務上の取り組みと経営トップの哲学が両論として機能しているか捉える洞察力が必要と考えます。
資産運用会社の運用戦略も暗黙知のかたまりと言えます。上場企業と同様に、運用戦略の特徴を社内・外のステークホルダーにそれを理解してもらうためには言語化する必要があります。当社は運用の強みとして、「グラスルーツⓇ」、「グローバル調査体制」、「エンゲージメント対話力」の3つを紹介していますが、これらは独立した別々の調査力ではありません。マクロ経済や個別企業業績に加えてこれらの当社独自の分析力を組み合わせて運用戦略を練り上げているのです。モザイクセオリーといわれるこうした手法こそが、暗黙知といえます。これを長年積み重ねることでインベストメントカルチャーが確立されていると考えます。以前は「グラスルーツⓇを使うと何パーセント儲かるのか?」という質問を受けることもあり、あたかも断片的なツールのように受け止められていると感じることもしばしばありました。
形式知として明瞭化させることは必要ですが、それは暗黙知を伝えるための手段にすぎません。分かりやすさを優先すると表面的な受け止め方をされてしまうため、聞き手に‘内在化させ包括的に‘暗黙知を理解してもらうことの難しさを再認識しています。
佐々木投手のチームを率いる吉井里人監督は、潜在下の意識を分かりやすくするために言語化させると、それ自体がルールとなってしまい思考と行動が小さくなってしまうという懸念を述べています。そのバランスをとるため、暗黙知を自然と選手たちに染み込ませるために対話を繰り返してきたことが伺えます。昨年コンディション不良で大事な試合に登板できなかった佐々木投手とも対話し、1年通して活躍できるため何ができるか選手自身が考えるよう促し、その結果としての取り組みが配球内容を変えることだったのではないかと想像します。つまり、暗黙知が個人に消化され、それが組織に還元されるというサイクルが機能していたものと思われます。(注2)
暗黙知の伝え方、受け止め方、共有の方法、それぞれに困難はつきものですがこれらを成し遂げることができた企業こそが組織力を発揮できるものと考えます。
注1: (参考)マイケル・ポランニー著、高橋勇夫=訳、暗黙知の次元、ちくま学芸文庫、2003 注2:(参考)吉井理人著、機嫌のいいチームをつくる、ディスカヴァ―・トゥエンティワン、2024