日本株月次レポート:8月
外国人投資家の眼にうつる日本経済のテールリスク
一部の外国人投資家やエコノミストは、日本経済がインフレにシフトすると‘デフレ下の奇妙なバランス‘(peculiar balance under deflation)が崩れ、一時的に市場が混乱するというリスクを指摘しています。
単純化するため海外要因を除いた‘家計‘、‘企業‘、‘政府‘というひとつの国の経済では、資金余剰主体である家計が、企業と政府の資金不足をファイナンスすると通常は想定されています。企業は生産拡張や新製品開発のための成長の資金を必要とし、政府は公共サービスを提供するため資金不足となり資金調達が必要です。一般に家計は将来に備えた貯蓄によって資金余剰主体であるため、金融機関と納税を通じて企業と政府へ資金提供すると考えられています。
デフレ下では需要不足で魅力的な投資先が多くないため、家計だけでなく企業も資金余剰主体となり民間貯蓄が積みあがっていきました。資金を積極的に使う主体がいないと経済は活性化しないため日本政府がお金を使う役割を担い、その結果、国の借金は増加していきました。GDP対比の国の借金が250%超という不安心理をあおる報道も多くありましたが、それでも過去長期にわたり、円は高水準、長期金利も低位で推移していました。
GDPはフローの概念ですが、アセットの概念である民間貯蓄(家計と企業部門の純資産残高)は3000兆円以上と国の借金を大きく上回る水準であるため、徴税権をもつ国の信頼は維持されていました。
本来は投資超過(資金不足)であるはずの企業が資金を持て余し、その代わりに政府が公共サービスを拡大させ、その結果として国の借金が拡大してきました。それでも、富の蓄積があるおかげで、諸外国からの信認が維持されていたという構図です。
‘デフレ下の奇妙なバランス‘とは、需要不足のため投資に回らない資金が積み上がり、デフレのため通貨価値が増価し、円への安心感をもたらし、低金利のおかげで政府の利払い負担も返済可能範囲で済んだというものです。経済成長は低位にとどまりましたが、円と日本国債の信認は守られたわけです。
一部の外国人投資家が懸念するリスクとは、インフレになるとこのバランスが崩壊してしまうという点です。現預金はインフレのため減価し、金利上昇のため政府の利払い負担が増え、国の信認が低下するという極端な悲観シナリオです。
このテールリスクの前提にはインフレが経済成長からもたらされたものではなく、供給力不足・商品価格上昇のコストプッシュ型との認識があると思います。賃金上昇を起因とする需要牽引型のインフレであれば、現預金を寝かせたまま減価していくのを待つということはなく、次の成長の種まきとなるような投資がすすむことでしょう。
つまり、テールリスクと認識されるような懸念事象ではなく、デフレからインフレへの移行により資金循環の方向性の変化がおきつつあるものと考えます。家計は新NISAの活用などインフレを前提とした長期投資の資産形成を進めています。企業は東証主導のガバナンス改革の効果が発現し、現預金の効率的活用が加速度的に進んでいます。「お金に働いてもらう」という考えが浸透しつつあることが、海外投資家にはまだ過小評価されているようです。